回やみいち行動、上演の記録

第9回やみいち行動   (2000 12/24 19:00〜)
『八つ橋村』
登場人物
池田一平助……池田一平
多治見辰弥……桐山泰典
多治見久弥……鬼豚馬
多治見春代……桶雅景
多治見小梅……故太郎
多治見小竹……ぬいぐるみ
久野医師………藤原康弘
住職……………鬼豚馬
床屋……………鬼豚馬
あま……………鬼豚馬
多治見要蔵……鬼豚馬
夢の中の人々…鬼豚馬・桶雅景・故太郎・藤原康弘
(おどろおどろしい音楽)

(明転)

(多治見辰弥に明りがさす。彼は独白する。背後の暗がりには椅子に座った久弥を囲んで、多治見家の面々が座る。すなわち小梅、春代、久野医師である。多治見家の面々は皆首から懐中電灯をぶら下げている。その理由は後になればわかる)

辰弥 八つ橋…村。
ああ、なんと恐ろしい名前だろう。なんとぞっとする名前だろう。
私の名前は寺田辰弥。
10日前、突然ラジオから私を捜していると言う放送があった。
驚いて名乗り出た私は、驚愕の事実を知った。私が実は岡山県は八つ橋村、多治見家の跡取りであることを知ったのである。
私はあまりの事実に我を失った。私は寺田の人間ではなかったのだ。私は、名門多治見家の人間だった。
私は私のルーツを知らねばならない。
私は八つ橋村へ向かうことにした。
しかしただ一つの心残りは私の神戸に残していくことになる恋人のことだった。私の恋人は泣いて私をとめた。
お願い、いかないで。なんだかとても不吉な予感がするの!
すまない。私は…私が…私が…(つっかえる)…私の、私のルーツを知りたいんだ。これを放っておくことはできない。必ず、必ず迎えに来るから。
次の日、みぞれ降る神戸駅で私は彼女に別れを告げ、列車にとび乗った。
八つ橋村。
私の母と、実の父が出会った村。そこはどんな村なんだろう。
そして、私の実の父はどんな人なんだろうか。
私は八つ橋村へ向かうことにした。

(振りかえり、多治見家の面々に向き直る辰弥)

辰弥 帰ってまいりました。辰弥です。
小梅 おおー、辰弥か!
春代 (久弥に)兄さん…
久野 ちょっと待って下さい。
小梅 どうしました久野先生。
久野 この人が本当の辰弥さんだなんて、どうしてわかるって言うんです?
春代 …財産を狙うハイエナめ…
辰弥 いや…
小梅 お前偽者なのかい?
辰弥 いや…私は正真正銘の辰弥です…
春代 出ていけ…
久野 いや、まだ本物じゃないと決まったわけではありません。
辰弥 あの、どうやって証明すれば
久野 それがわかるのは久弥さんしかいないでしょう。
春代 …兄さん…起きてちょうだい…
小梅 久弥…辰弥と名乗る奴が、帰って来ましたよ。
辰弥 どうも、辰弥です。
久野 コレは本当の辰弥さんですか?
久弥 辰弥は…小さい頃…縄跳びが得意だった…
春代 …縄跳び…
辰弥 …はい。
久弥 1歳にして、3重跳びまでできたんだ…
辰弥 それはウソやろ。
久弥 よいか。ここにな、1本の黒い針金がある。
辰弥 はい。
久弥 これでな、1重跳びを10回、2重跳びを3回、
辰弥 はい。
久弥 3重跳びを1回。
辰弥 10、3、1ですね。
久弥 ああ。何度挑戦しても構わん。
辰弥 何度でもいいんですね。
久弥 ただし、
辰弥 はい。
久弥 時間は押しとるでな。
辰弥 わかりました。それで私が、辰弥であることが証明できるんですね。
久弥 ああ。
辰弥 見てて下さい。

(3回目で引っかかる)

辰弥 あれ
久弥 10回続けてじゃぞ。
辰弥 えっ?
久弥 足し算じゃあいかん。
辰弥 あっはい。はい。ゼロから。

(2回目で引っかかる)

辰弥 何度でも…いいんですね。
久弥 ん。ただし手短にな。
辰弥 はい。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10…

(1重跳び10回の後、2重跳び3回目でひっかかる)

久弥 まあ…2重跳びからやり直せばいいじゃろ。
辰弥 ああ、そうですか、よかった。…これ、曲がるんですよ。
久弥 伸ばしなさい。

(2重跳びで引っかかる)

久弥 どうした。
辰弥 これ本当に…手短にやりますから、ちょっと待って下さい。ちょっと伸ばしてから。
久弥 ん。何してる。
辰弥 いや、ちゃんと伸ばさないとね。…なんで縄跳びじゃないんだ…ああっ!

(なんかひっかかる)

久弥 まあ、3重跳びからでいいじゃろ。
辰弥 ああ、そうですか。
春代 辰弥さん…ボケなくてもいいのよ…
辰弥 いや、ボケてないですよ。いや、って言うか…
小梅 息が上がってますよ。
久弥 コート脱ぐか。
辰弥 すみません。…うわッ

(ひっかかる)

小梅 お調子もの。
久弥 今のは…
春代 兄さんが…跳ばせたのに…
久弥 ちょっと足りない様な気がする。
辰弥 何が…
春代 …距離?高さ?…
久弥 本当に跳べてたのか。
辰弥 いや多分…跳べてたと思います
久弥 ワシが試して見たところでは、3重跳びをしようとすると4重跳びの失敗くらいになってた。今のは3重跳びの失敗くらいじゃから。
春代 2重跳びなのね。
久弥 しかし押してるからもういいじゃろう。
小梅 どうなんだい。
久弥 こんだけワシを楽しませてくれたんじゃ。辰弥じゃ。
辰弥 ホンマに?
小梅 おお、辰弥か辰弥か。
辰弥 誰に?
小梅 ほれ、ようかえってきてくれたなあ、よしよし。
辰弥 あの、ええと、この方が、久弥兄さん…
小梅 そうじゃ、お前の兄、我が多治見家の当主、久弥じゃ。
辰弥 どうも、辰弥です。
小梅 そして隣におるのがその妹、つまりお前の姉の、春代。そして、あちらが、我が多治見家の主治医、久野先生じゃ。そして私がこの家の大叔母の小梅。そしてこちらが双子の姉の小竹さん。

(小梅が示したそれはワニのヌイグルミなのだが)

久野 さあそれじゃあ、久弥さんの診察をはじめましょうか。
辰弥 あ、あの、久弥兄さんは、何処かお悪いんですか?
春代 頭よ。
久野 肺病です。
辰弥 どっちですか。
小梅 肺じゃ。…どうですか先生。

(久野はテスターの両極を久弥の腕にあて、電圧を計る)

久野 低いですね。
辰弥 何が。
久野 電圧です。ちょっと辰弥さんが帰ってきて油断しているのかもしれません。
辰弥 電圧って何ですか?
久野 辰弥さんが帰ってきた今だからこそ…電圧知らないんですか?
春代 電気の流れを水の流れに例えると、川の流れにあたるのが電流、滝の高さにあたるのが電圧よ。
辰弥 ああ。
久野 注射をしておきましょう。

(久野医師は極太の注射器に水をくんで水鉄砲とすべく、上手ソデに向かう。上手ソデには水道があるのである)

小梅 注射ですか。お願いします。

(舞台のツラの当たりから上手ソデにむかってゴキブリが駆け抜ける)

小梅 ゴキブリがいる。
辰弥 ああ本当だ、先生ゴキブリが。

(しかし、久野医師は注射の準備中であって、そうやって振られても対応できないのである。この場面からもわかるように、辰弥の意識は、常にその現場・瞬間にしか向いていない。主人公でありながら、彼には「話を進めなければ」という使命感が見うけられず、その瞬間を面白くすることしか考えていないようにも思われる。以下、その点に注意しつつ読んでいかれるとよいかもしれない)

(戻ってきた久野医師は極太注射器から久弥の顔面に水を発射する)

久弥 鼻が。
久野 辰弥さんが帰ってきた今だからこそ久弥さん、あなたにしっかりしてもらわなければならないんですよ。
小梅 どれどれ、
久野 刺激が強いようですね。
春代 まあ。
久野 補給しましょう。
春代 どうしましょう。
辰弥 何を。
久野 電圧ですよ。
辰弥 何か…苦し…くるしそうなんですけど。
久野 これは電池と言います。(ポリ袋に入った電池を取り出す久野)電池は、電圧を高めるために使います。

(久弥の口を開けさせ、電池を何本かその中に入れ、ガムテープで口をふさぐ久野)

辰弥 ああ!
小梅 どうしたんだい。
辰弥 つらそうだなあ、と思って。
小梅 治療だからね。
春代 病気だもの…
辰弥 ああ。
久野 (再度電圧を計る久野)急激に様態が悪化しています。
小梅 どうしたんだろうねえ、今日は。
辰弥 いつもこんな治療を!?
久野 これはもう、久弥さんには、気を強く持ってもらう以外に方法はありません。
辰弥 久弥兄さん、がんばっ…(久野が久弥の頭にポリ袋を被せ、首のところをガムテープでふさいで半ば密封してしまう)あああ!あの…久野先生何で楽しそうなんですか?

(久野はさらに細く切ったガムテープで、ポリ袋の表面に、雪だるまのような笑顔を描く)

小梅 おお、表情が元へ戻った。
春代 良かったわね兄さん。
小梅 久弥こっちを向いてご覧。おお、笑ちょる笑ちょる。

(久弥が呼吸するたび、ポリ袋は膨らんだりしぼんだりをくりかえす)

辰弥 いや、笑ってるけど
小梅 よかったよかった。
久野 顔色も良くなって。
春代 よかったわねえ。
小梅 これでもう大丈夫じゃろう。
久野 薬を与えてください。
小梅 おお、そうですか。薬の時間ですか。
久野 栄養剤はありますか。
小梅 栄養剤は今日はありません。
久野 じゃあ、薬でしょうがないですね。
小梅 小竹さん、薬をあげましょうね。久弥、いつものお薬ですよ。

(ここで春代がポリ袋の口元を引き裂き、口を封じていたガムテープをはがす。久弥は電池を吐き出している)

辰弥 めちゃめちゃだ。
小梅 久弥口をあいて。もっと大きく。(小梅は小さな缶から、のど飴のような物体[いや、事実のど飴なのだが]をとりだして久弥に与える)よし。先生、ちゃんといつも通り薬をあげときましたよ。
久野 後は、久弥さんの、本人の持つ、自然の回復能力に期待するしかありません。
小梅 じきようなるじゃろう。(全身を痙攣させる久弥)ん?
辰弥 寒いんですか?
春代 様子が…
小梅 どうした久弥?
春代 様子が。
久野 様子がおかしいですね

(久弥は急に立ちあがり、腰から下にかかっていた毛布を丁寧にたたんだ後、帯からサンバホイッスルを取り出して口にくわえる)

辰弥 兄さん元気じゃん。
小梅 どうした?久弥。
久弥 んん。
辰弥 舞を
春代 苦しそうに
辰弥 苦しそうなのか。

(久弥はサンバホイッスルを吹きながらサンバのステップを踏むと、突然倒れる)

久弥 んん、んんんんん…
春代 兄さん。
小梅 久弥、どうした。
辰弥 どうしたんですか。
久野 皆さん、万全の手は尽くしたんですが…ご臨終です。

(ジャジャーン、とショック音。一瞬明りが落ちて、全員首からぶら下げた懐中電灯で下から顔を照らす)

小梅 久弥!

(池田一が飛び込んでくる)

池田一 しまった、間に合わなかったか!
久野 あんた一体なんなんだ、いきなり人の家に飛び込んできて。こっちはとりこんでるんだ、出ていってくれ。
池田一 私はですね、私は探偵です。
春代  探偵?
池田一 私は探偵の、池田一平助というものです。
久野 いいから…
池田一 実はですね、そこにいる久弥さんに、私は呼ばれたのです。
久野  久弥さんが?
春代  兄さんが探偵を…
池田一 ええ。
久野 久弥さんは三田の人間と西宮の人間でどちらが鼻毛が長いかなんて、知りたくありませんよ。
辰弥 え?
池田一 誰もそんなことは言っていません。
春代 それは金曜の夜の探偵だわ。
池田一 久弥さんは、恐ろしいことが起こることを知っていらしたんです。
久野 言いがかりはよしてくれないか。
春代 兄さんは病気だったのよ…
池田一 まずは、彼の元に届いた怪文書をご覧頂きましょう。
久野 怪文書?
辰弥 怪文書?
春代 怪文書?竹やぶ焼けたとかそういう…
池田一 それはカイブンが違います。どうぞ。

(暗転し、スライドが始まる。若き日の要蔵が、頭に鉢巻を巻いて携帯電話をそこに2本差し、三角形の謎の物体[いや、八つ橋なのだが]が発する電波を携帯電話で受け、狂乱し、人々を殺していくスライドである)

(舞台上の人々は、スライドの間中、ヘヴィな音楽に合わせて各自楽器を演奏している)
(スライドが終わると人々は元に戻り明転)

池田一 …というような怪文書です。
久野 スライドで届いたのかい。
池田一 いえ、怪文書は文書、スライドはそれをスライド化したものです。
久野 あなたが?
池田一 そんなことはどうでもいいじゃないですか。
久野 ヒマですね。
池田一 とにかくですね、こういう文書が届いた、ということはこの事件は殺人事件の疑いがあります。
久野 何を言っているんだい。
春代 誰かが兄さんを殺したというの…
久野 久弥さんは6年前から肺の病気だったんだ。医者の私が言うんだよ。
池田一 詳しい事情は調べればわかることです。とにかく、1人ずつお話を聞かせてもらいます。
小梅 じゃなにかい、この中に犯人でもいるって言いたいのかい?
池田一 その可能性があるということですね。
小梅 ふん、ばかばかしい。
辰弥 あの、僕ちょっと出前届けに来ただけなんで…
池田一 あなたもです。皆さんの名前は軽く調べさせてもらいました。まずは久野先生、あなたから話を聞かせてもらいます。
小梅 そうかい。
久野 いいでしょう。
小梅 久野さんからかい。あたしたちはどうしたらいいんだい?
春代 兄さんを奥に運ばせて欲しいわ。
小梅 そうだね、このままではあまりにも不憫だ。
春代 ねえ、兄さん。
池田一 それでは少し席を外していて下さい。
小梅 いいでしょう、すきなだけ調べるがいいさ。辰弥。
辰弥 はい。
小梅 兄さんを奥にはこびなさい。納得がいくまで調べればいいさ。ふん。

(辰弥、春代、小梅は、久弥の死体を抱えて下手に去る)

池田一 宜しいですか。
久野 さあて、誰もいなくなったところで、アンタは本当は誰に呼ばれて来たんだい。久弥さんとか言ってるけど、こっちにいた、婆さんたちかい。それとも春代さんかい?
池田一 何を言っているのかいまいちよくわからないんですが。
久野 一応口は固いんだな。
池田一 はて、何か誤解されているようですが。
久野 まあいいでしょう、アンタは久弥さんから呼ばれてやってきた、そういうことで話を聞きましょう。訊きたいことがあるんでしょう?とっとと訊いてくださいよ。
池田一 それでは訊かせてもらいます。まずですね、被害者の死因です。私が今チラッと見たところによるとどうも毒殺のような気がするんですが。被害者が一番最後に食べたものについて、言ってもらえませんか。
久野 薬ですよ。私の調合した薬です。
池田一 薬。
久野 内容は炭酸グアイヤコールとチョコールと重曹を調合したものです。すっきりさせるんですよ、空気の流れを。肺病ですからね。
池田一 成程。ま、専門的なことはあまりよくわかりませんが、その薬を飲ませたのはどなたですか?
久野 小竹さんか、小梅さんだよ。あんまりそっくりなんでどっちがどっちかわからないんだ。
池田一 そうですか。その薬を管理しているのはどなたなんですか。
久野 小竹さんか小梅さんだよ。
池田一 成程。
久野 いつも御腹の中に入れてるよ。
池田一 御腹の中?つまりまあ、このあたりということですね。
久野 そのうちわかるよ。
池田一 まあいいです。ええ、被害者についてなんですが。被害者が死んで一番得をする人物はどなたになりますかね。
久野 おやおや。しらじらしいひとだねえ。アンタが一番よく知ってるんじゃないの。アンタに本当に依頼をした人じゃないのかい?
池田一 どうも、誤解されているようですね。
久野 辰弥さんか。そうだ、辰弥さんというのが一番納得のいく線だな。
池田一 と言いますと?
久野 アンタは本当は辰弥さんに雇われてるんだろう?久弥さんが生きている限り財産は辰弥さんの手には渡らないが久弥さんが死んじまえば全部辰弥さんのもんだ。
池田一 全部辰弥さんのものなんですか?
久野 あんたねえ、分け前をもらえるならピンハネされたくないだろう?この家の財産が、本当は全部でどのくらいあるか知りたくないかい。
池田一 どのくらいなんですか。
久野 いいか、聞いて驚くなよ。50億だ。50億ヘクトパスカルだ。
池田一 それは…どのくらいなんでしょうか。
久野 いいか、この家の当主は代々、その財産の圧力に耐えられずに、気がおかしくなってしまうんだ。
池田一 確かに相当圧力がありそうですが。成程。とにかく財産を相続するのは辰弥さんということですな。成程。
久野 まだ訊きたいことがあるのかい?
池田一 いえ、色々伺いたいことはあるんですが…他にもあの怪文書のこととかね。
久野 怪文書ね。
池田一 ええ、先ほどスライドでご覧いただきましたが、あの内容について何かご存知ありませんか。
久野 さあね。
池田一 昔ここで惨劇が起こったそうじゃないですか。
久野 三劇は同志社だよ。
池田一 その三劇じゃあありません。知りませんかね。ほんのちょっとでもいいんですが。
久野 うちに届いた怪文書といえば、本当にそんなことをするんなら、自民党を離党させてやるとか、そのくらいだね。
池田一 冗談はさておいてですね、…久野さん?

(久野医師はなんだか嬉しそうに一人笑いしているのである)

久野 なんだい?
池田一 本当に教えてもらえませんかね。せめてあの八つ橋のマークについてだけでも。
久野 ちょっと待った。アンタ今何て言った?
池田一 八つ橋のマークですが。
久野 お前か…
池田一 は?
久野 お前がそんな恐ろしいことを言う人間だったんだな。そのような恐ろしいことをこの村で口にすると、どういうことが起こるか、今から教えてやる。覚悟しろ。

(久野は下手ソデに走り去ると、半分に割ったピンポン球に黒目を描いて眼球状にしたものを両目にはめ、手に持った電動ドライバーを回転させながら戻ってくる)

久野 わーっ!しょっ、しょっ、
池田一 久野先生どうした…
久野 さあ、どこを締めて欲しい?

(電動ドライバーを回転させながら迫る久野。ミスター・ビッグみたいだな)

池田一 その、一体どうしたって言う…
久野 見えない!

(久野はそのまま下手ソデに走り去り、元の姿になって戻ってくる)

池田一 あ、あの?
久野 どうだね?
池田一 どうも何も。
久野 私のスタンドの、スティーヴ紫君の威力は?
池田一 あのう…どこかお悪いんですか?
久野 どうもわかっていないようだな。そのような恐ろしいことをもう一度口にしようものなら、スティーヴ紫君も黙っていないぞ。
池田一 何かまずいことを言いましたか?
久野 言ったよ。「や」ではじまる言葉だ、もう言うなよ。疲れるから。
池田一 「や」?八つ橋ですか?
久野 うっ!言ッタラヤラナキャショウガナイジャン!コノヤロー

(久野は下手ソデに走り去ると、半分に割ったピンポン球に黒目を描いて眼球状にしたものを両目にはめ、手に持った電動ドライバーを回転させながら戻ってくる)

久野 ヒッ!ヒッ!ヒッ!見えない…

(久野はそのまま下手ソデに走り去り、元の姿になって戻ってくる)

久野 どうだね。
池田一 いや、どうと言われても。あの…
久野 恐ろしいだろう。
池田一 まあ、少し…
久野 いいか、この村を生きて出たかったなら、それのことにはもう触れないことだ。口にしちゃあならない、そんなことは。
池田一 いえ、でも、しかし八つは…
久野 んおう、もう言うな。なんだよ。
池田一 いや、でも、ただのお菓子じゃないですか。
久野 見せかけだよ、そんなものは。
池田一 いやしかしですね、そもそもこの村の名前が八つ…
久野 この村は八つ星村だよ。何をバカなこと言ってるんだい。ミシュランにもちゃんと載ってるよ。
池田一 いやしかし…私が調べてきた時には八つ…は…
久野 いいか、それ以上本当に言うんじゃないぞ。私のスティーヴ紫君はまだ優しいが、もっと恐ろしいのもたくさんいるんだからな。
池田一 はあ。
久野 次は誰に何を訊きたいんだ。いいよ、春代さんを呼んできてやるよ。私はもう終わりだ。
池田一 あの…

(久野が下手ソデに去り、入れ替わりに春代が登場。黒い杖をついている)

池田一 これは何か久野先生が、少々取り乱したようで。
春代 そのようね…

(春代は、舞台上に散らばった電池を杖で打ったりしている)

池田一 あの、何を。
春代 何?何とは…
池田一 いえいえ。
春代 とはなに…になとは?
池田一 あの、いえ。
春代 はなにと…罠に、戸…なにはと…
池田一 ご冗談がお好きなんですね。
春代 嫌いよ
池田一 そうですか。いえ、冗談を言っているように聞こえたもので。
春代 どうぞ、何か訊きたいことがあるのでしょう…
池田一 ああ、ええ。それではですね。事件について、お話を伺わせてもらいます。ええ、まず、あなたはですね、被害者の、妹さん。
春代 そうです。
池田一 という事は、お兄さんのことは色々とご存知でしょう。
春代 そうね…
池田一 お兄さんは誰かに恨まれていたんじゃあないですか。
春代 色々…だってお金持ちですから…好かれてばかりとは…いられませんもの…
池田一 まあ、それは、一般的にはそうですが、例えば、どなたかとか。
春代 例えば久野先生は兄さんに随分借金があったのよ。
池田一 借金。それは…どれくらいの?
春代 3000万…ヘクトパスカルくらいかしら…
池田一 はあ。ええ、それは、どれくらいの…
春代 どれくらいって…屋根が吹き飛ぶくらいよ…
池田一 それはとにかく凄いわけですよね。そうですか、借金があったんですか。
春代 でも兄さんを殺したって、借金が帳消しにはなりません。
池田一 それはそうですよね。
春代 借金も含めて、全部辰弥さんが後をついで下さるのだもの…
池田一 成程。
春代 そのために…帰ってきて頂いたのよ…
池田一 帰ってきて頂いた?
春代 ええ。辰弥さんは幼い頃に、村を出ていらっしゃったの。お母さんといっしょにね。
池田一 ほう。それは…知りませんでしたが…その辺の事情をもう少し教えてもらえませんか?
春代 あまり…はなしたくはないんだけど、私達の母親と、辰弥さんの母親は違います。
池田一 はあ。
春代 父と…合わなかったんですわ…鶴子さん…
池田一 合わなかったんですか。成程。それで、この家を出ていったと。
春代 そうよ。
池田一 いえ、どうも、話しにくいことを。それで、この八つ橋村を出て、神戸に行って…
春代 今、なんとおっしゃいました?
池田一 え?なんといいますか…神戸に行って?
春代 その前よ。
池田一 あの、何ですか、
春代 もう一度言って御覧なさい。

(春代は居合抜きの形で杖を構えている。柄に生じた隙間から銀色の刃が見える。仕込杖だ。春代は池田一に迫る)

池田一 え、や、な、何ですかその手元のものは?
春代 パターよ。

(再び転がった電池を仕込杖で軽く叩く春代)

池田一 パターはそう構えるものなんですか。
春代 そうよ。
池田一 いや、この村は…
春代 八つ星村です。
池田一 やつ…ぼしむら。
春代 八つ星村です。
池田一 はあ。じゃあ久野先生が言っていたことは本当なんですか。
春代 本当も何も、戦後に統合されて八つ星村になったのですよ。
池田一 はあ、私はてっきりやつ、は(微笑をたたえて迫る春代)…あの…その、何故微笑むのでしょうか?
春代 続きを…あなたは、てっきり、なんだとお思いになったのですか?
池田一 いえ、ですからその…やつ(音を飲みこみ、くちの形だけで「は」「し」)村だと思っていたのですが。
春代 あなたは…あなたはいけないことを考えているわ…それはいけないことなんです…いいですか、それが、それが全てのはじまりなのよ…
池田一 はじまり?
春代 はじまりよ。…出かける前に気をつけるのは?
池田一 戸締り。
春代 そうね。…それが全てのはじまりなのです…
池田一 はあ。ええ、ええ?その八つ…つまりその、こう、こういうものですがね、こういうものですね、
春代 はい…それは…それはとてもおそろしいものなのです…ですから、それのことを…
池田一 いやしかしですね、やはり…
春代 …口にしたり…
池田一 お菓子に思えるのですが…
春代 それは見かけだけですよ!
池田一 いや、そうは言ってもですね、そこらじゅうにあるじゃないですか、そんなもの。
春代 ないわ。
池田一 いえ、ここにはないですけれども、京都市中にはそれは、あっちゃこっちゃにありますよ。
春代 それでそれがどうだと言うの?
池田一 いやだから、そんなにあったら、京都の人はみんなおかしくなってしまうじゃないですか。
春代 なってるじゃない。いいですか、あれはとても恐ろしいものなんです。あれはそう…食べたら死にます。見ても死にますよ。考えてもいけません。呼びかけられても応えてはいけません。返事をすると、電波が…電波が…
池田一 電波?
春代 電波よ…考えてはいけません…呼びかけられても応えてはダメ、考えてはダメ…見ても死にますから…
池田一 はあ。
春代 わかったわね。
池田一 はあ。あの、
春代 何?
池田一 いえ。どうも、興奮されているようなので。
春代 そんなことはないおちついていますよ。
池田一 いえですから、ゆっくりとちょっと隣の部屋で…
春代 一撃で、逝かせて差し上げます。いいですか、次にあれのことを口にしたら、(客席に入りこんで、眼鏡の男性に切っ先をつきつける春代)…この男を殺します。あなた、連続テレビ小説はお好き?

(眼鏡の男性は本物のNHK連続テレビ小説ADなのである)

池田一 いえ、見てないですけれども
春代 そう…じゃああまり利害はないかもしれないけれど…それなりに損失なのよ…
池田一 はあ。
春代 わかりましたね。

(春代は下手ソデに去る。入れ替わりに小梅が登場)

小梅 手短にお願いしますよ。私達は先が短いんだから。
池田一 ああ、どうも。ええ、ええ、小竹さんでしたっけ。
小梅 (ワニのヌイグルミを示し)小竹さんはこちら。あたしが小梅です。双子ですからね。よく間違えられるんです。
池田一 はあ。
小梅 (ヌイグルミと自らの顔を並べて)どっちだ。
池田一 何が。
小梅 あたしはどっちなんだろうな。どっちでしたか小竹さん?あたしが小梅です。
池田一 ああ、あの
小梅 よく似てるでしょ。みんなよく間違えるんですよ。春代だってたまに間違えるんですから。
池田一 ええ…そうですね。よく似てられますね。
小梅 でしょ。
池田一 まあ、ヌイグルミのことは置いておきましてですね。
小梅 ヌイグルミ?どこにあるんですか。ヌイグルミヌイグルミ…
池田一 ええ、ですから、あなたの手にしているヌイグルミのことはまあ
小梅 これは小竹さんですよ。
池田一 ええ、小竹さんと言うんですよね。
小梅 はい。
池田一 はい、それはわかりました。
小梅 なんか奥歯に物が挟まった言い方をなさいますね。これは私の姉さんの小竹さん。わかってるんですか?
池田一 …姉さんですか。
小梅 そっくりでしょ、目元なんて、ほら。…あなた人をバカにした目ですよ。
池田一 いや、私には、そんなに似ているように思えないんですが
小梅 あらそうかしら。じゃあなんですか、あなたこれがヌイグルミに見えるんですか。
池田一 ま、まあ。
小梅 どうして?
池田一 いや、だってそれは、そういう…そんなサイズだし、
小梅 サイズ!?あなた人を大きさで判断するんですか?じゃあ1歳や2歳の子はみんなヌイグルミなんですね?
池田一 いや、
小梅 じゃあ保育園であれは、ヌイグルミが遊んでるんですね。
池田一 いやそういうわけではなくてですね、その…それくらいの大きさでかつ、その…くにゃくにゃとしたこの…
小梅 くにゃくにゃ!?
池田一 質感と言いますか…
小梅 体が柔らかい人はヌイグルミなんですか。じゃあ上海ヌイグルミ団ですか。
池田一 いや、あのう、それはちょっと違いまして、しかもこの…毛むくじゃらじゃないですか。
小梅 毛むくじゃら!?毛深い人もだめなんですね。
池田一 ですから、その大きさでくにゃくにゃしててしかも緑色で…
小梅 緑色!?
池田一 おなかにチャックがついているようなものは人間ではないでしょう?
小梅 チャック!?チャック・ウィルソンはぬいぐるみなんですか。五月みどりはぬいぐるみなんですか。じゃあチャックをつけた五月みどりは一体なんなんですか?
池田一 んー、いや、五月みどりにチャックはつかないですよ。
小梅 見たんですか。あなた後ろに回って見たんですか。あなた五月みどりの背中を本当に見たの?
池田一 いえ見てないですが。
小梅 アルカリ電池が三つ入ってるかもしれないんですよ。
池田一 いやそんなことはないと思いますけど。
小梅 いまあなた想像したでしょ。アルカリ電池が三つ入る五月みどりでチャックがついてて、想像しましたね。
池田一 はあ。
小梅 バカじゃないの。
池田一 …あなたもしかして私をからかっているんですか。
小梅 気付くのが遅いよ。…冗談です。訊きたいことをはやく訊いてください。
池田一 ええ。その、事件についてなんですけれど。
小梅 はい、事件について、何ですか?
池田一 その…皆さん何か、隠し事をしておられるような気がしてですね。
小梅 隠し事なんてだれもしてませんよ。我が多治見家はオープンな家です。チーン。(間)あなた「それはオーブン」って言う番でしょ!
池田一 いえ…それは考えたんですけれども。
小梅 考えたら言いなさい!この日本人が!思ったことをいえない!
池田一 とにかくですね、この事件のことについて教えていただきたいわけなんです。
小梅 いいですよ、何でもどうぞ。
池田一 その…昔何かがここで起こったそうじゃないですか。
小梅 昔何か…そんな抽象的な。特に、大して、ありませんでしたよ。
池田一 いえしかし怪文書にもあったように、何か惨劇のようなものがですね…
小梅 惨劇なんかありませんよ。我が家から32人殺しの犯人が。あっ。
池田一 …32人殺しの…!?
小梅 どうしてそれを!?
池田一 あなたが今言ったんですけど。
小梅 ベーシックでしょ。アタシこういうの好きなの。お約束って言うの。
池田一 あの…それも…冗談なんですか?
小梅 どうしたの?
池田一 いえ…32人殺しの部分なんですけれども。
小梅 さっきからあなた焦ってるようね。
池田一 いえそんなに焦ってはいませんがですね。
小梅 どうしたの顔色も悪いわ。
池田一 そうですか。
小梅 ちょっと手相…(池田一は素直に手を差し出す。小梅はとった手を池田一の顔に叩きつける)ダーン!小学生でもひっかかりませんよ。
池田一 あの…
小梅 はい。
池田一 お話を伺わせてもらいたいんですけれども
小梅 おい熊さん  なんですか いやー隣の家がねえ
池田一 はい。
小梅 突っ込みが遅いんですよ!あなたはいつもそう。小さいころからそうだったのよ。期待されるとダメだったのね。いいのよ、もう高校は出たの?あなたの道を歩けばいいわ。大学なんて行かなくていい。何になりたいの?わかった声優ね。声優になりたいのね。アニメがいいんでしょ?いいわよねアニメは夢があって。
池田一 いいですから。
小梅 ちょっと声優になろうかな、と今思いました?
池田一 いえ、あまり。
小梅 そうですか。あなたと話していると頭がおかしくなるわ。
池田一 いえ、それはこっちですよ。
小梅 どっちですか。
池田一 あの…
小梅 どなた?あなたどなた?どこから入ってきたの?何故、人の家で草履を履いているの?脱ぎなさい…あなたは誰なんですか?
池田一 あ、これは失敬…あの
小梅 誰か、誰か、見知らぬ人が入ってますよ!誰か来て下さい
池田一 あの、私は
小梅 み、見知らぬ池田一さんが来てますよ!
池田一 わかってるんじゃないですか。(小梅が今度は突然接近しキスを待つ仕草)ちょ、ちょっと
小梅 誰も見てませんから…
池田一 いや、見られてますよ!
小梅 なかなかないですよ、120歳の老婆とチュー
池田一 いや、結構ですから。
小梅 結構?いいんですか。
池田一 いや、その結構ではなくてですね。
小梅 いや、何かしらこの左手は。百年ぶりにときめきました。後でEメールアドレスを教えて下さい。次は辰弥か。
池田一 はあ。
小梅 どうしたの?
池田一 いえ。
小梅 恋ね。恋なのよ。
池田一 もう…結構です。
小梅 あと2時間あなたをからかうことは可能です。弱虫。

(小梅は下手ソデに去る。入れ替わりに辰弥が登場。「2001」のゼロ2つがレンズになったサングラスをかけている)

辰弥 失礼します。
池田一 …何でこんな奴ばっかりなんだ。
辰弥 池田一さん何か困ってらっしゃるんですか。
池田一 いえ、まあ少々。
辰弥 何でも力になりますけど。この家の人はみんな怪しいんです。
池田一 …そんな感じですね。
辰弥 僕は今日ここにきたんですけれども、
池田一 はあ、それは伺いました。あの、ひとつ訊いていいですか。
辰弥 はい。
池田一 そのメガネは。
辰弥 あ、気づきましたか。これは母の形見です。緊張した時にこれをかければ心臓の拍動がゆっくりになるんだって。
池田一 …そうですか。
辰弥 これをかけて大学受験も、入社試験も、彼女に告白する時もこれでのりきりました。
池田一 …はあ。成功したんですか。
辰弥 はい。
池田一 よかったですね。…で、
辰弥 何か訊きたいことが。
池田一 ええ。えーっとですね、あなたの境遇についてなんですが、あなたはつまり、被害者の弟さんになるわけなんですが、ええ理由あってこの家をしばらく出ていたわけですね、お母さんといっしょに。
辰弥 そうらしいですね。
池田一 その…出ていった事情のことについて、宜しければ伺わせてもらえませんかね。
辰弥 いや、すいませんがあの、僕が出ていった事情っていうのは全然知らないんです…って言うか、つい10日前に、僕はこの家の者だっていうことを僕も知って…
池田一 ああ、そうなんですか。
辰弥 はい。
池田一 それは一体どういう手段でお知りになったのです?
辰弥 ラジオから…あの…寺田辰弥を捜しているって、あ、寺田っていうのは僕の旧姓なんですけれども、そういう放送がありまして、それで、連絡したら、僕が実はこの家の跡取りで、帰ってこいと。
池田一 はあ、なるほど。じゃあそれまでこの村のことは何も知らなかったわけですね。
辰弥 何も知らなかったです。ただ…なんだか母さんがその父さんの昔のことについてはあまり喋りたがらなくて、なんだろうと思って…父さんは別にいたんですよ。船乗りだったんですけど。
池田一 ええ。
その、昔のお父さんと言いますか、本当のお父さんということになるんですか?
辰弥 いや、だから、実のお父さんではない、お父さんです。
池田一 ああ、はい。
辰弥 養父ですね。
池田一 はい。ええ、それでですね。
辰弥 はい。
池田一 要するに、何も知らないわけですね。
辰弥 そうです、僕が物心ついたころから、養父と、母、鶴子母さんと、神戸で住んでいました。生粋の神戸っ子でした。
池田一 はい。つまりこの村での記憶は、全然無かった。
辰弥 そうですね。
池田一 しかしよくこの村がわかりましたね。
辰弥 え?
池田一 いえ。随分辺鄙なところにあるから、迷ったんじゃないですか?
辰弥 あ、それはちゃんと、あの、地図がちゃんと送られてきましたから。
池田一 ああ、ラジオでその
辰弥 岡山県八つ橋村

(禁句に反応し、スティーヴ紫状態の久野が絶叫しながら乱入、辰弥を襲撃する)

久野 うああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああ
辰弥 久野先生!久野先生!久野先生!久野先生!なんですか久野先生!痛い痛い痛い!久野さん!痛い痛い痛い痛い痛い久野さん!

(久野は下手ソデに走り去る)

辰弥 なんですか?
池田一 いえ、そのですね、私にもよくわからないんですがその
辰弥 やりたいほうだいですね。
池田一 ええ、つまりあなたが…私が考えるにあなたが今言った言葉が少しまずかったのではないかと。
辰弥 え?生粋の神戸っ子?
池田一 …いや、その後で…つまり…この村の名前をですね、言ったでしょう。
辰弥 八つ橋村ですか。

(バン!春代が暗幕の隙間から腕を突き出し、客席にむけて銃撃。幸い、NHKAD氏に怪我は無かった)

辰弥 え?
池田一 だから、言ったらダメなんですよ。どうもその、忌まわしい名前のようでその、「や」ではじまる言葉がですね。
辰弥 何でですか?
池田一 いや私にもわからないんですよ。
辰弥 だってこの村の名前でしょう?
池田一 いやでも、それを見ただけでも、言っただけでも、死んじゃうっていうことなんですよ。何故かこの村の人たちはそう信じてるらしいんですよ。言ったぐらいじゃあ死なないかもしれないけどとにかく見たら死ぬ…

(話をかき消すように、ソデから久野の声が)

久野 坊主が参りましたよう。

(久野、春代、小梅がゾロゾロ舞台上へ)

辰弥 え、
春代 …まあ…兄さんのお葬式の…準備をしないとね…
辰弥 あ、春代さん
小梅 今から久弥の葬儀をはじめます。随分散らかっているようね。
池田一 あ、それじゃあ私はこれで。
小梅 池田一さん、あなたも葬儀には出席して下さい。
池田一 いや、私は部外者ですから
小梅 あなたの依頼者が死んだんですよ。葬儀に出るのは当たり前でしょう。
辰弥 (小声で池田一に)いて下さい、お願いしますよ。
小梅 辰弥。
辰弥 はい。
小梅 お前のこの家の当主として最初の仕事です。宜しくお願いしますよ。
辰弥 宜しくお願いします。…何をすれば…
小梅 お前はなんでそんなものをかけている。
辰弥 あ、え?
小梅 え?、って言いたいのは私だよ。とにかく、お前はこの家の当主として、凛としてればよろしいんです。いいですね。
辰弥 リンと…

(小梅がピコピコハンマー[以下、ピコハンと略す]で辰弥を叩く。ピコッピコッ)

小梅 もうじき住職が来られます。
辰弥 はい。

(住職が登場。片肌が露出した、東南アジア仏教の僧侶風の姿)

住職 遅くなりました。
小梅 おお住職これはこれは。ちょっと予約が早くなりまして申し訳ありません。
春代 住職、宗派を変えられたのですか…
住職 いえ、それでは、はじめさせて頂きます。
春代 宜しくお願いします…
小梅 あ、住職、これが新しい当主の辰弥です。
辰弥 辰弥です。
小梅 よろしくお願いしますよ。じゃ、お願いします。
住職 (読経風に語り始める)え〜今日〜は〜ちょ〜っ〜と〜し〜た〜ま〜め〜ち〜し〜き〜を〜お〜あ〜た〜え〜し〜た〜い〜と〜〜〜お〜も〜い〜ま〜す〜
え〜〜な〜つ〜め〜そ〜う〜せ〜き〜〜き〜た〜も〜り〜お〜〜い〜の〜う〜え〜ひ〜さ〜し〜〜わ〜た〜し〜は〜こ〜れ〜ら〜の〜さ〜っ〜か〜が〜〜お〜き〜に〜い〜り〜な〜の〜で〜す〜が〜〜さ〜て〜こ〜の〜さ〜ん〜め〜い〜に〜〜きょ〜う〜つ〜う〜す〜る〜こ〜と〜が〜ら〜を〜〜つ〜ぎ〜の〜な〜か〜か〜ら〜〜え〜ら〜ん〜で〜く〜だ〜さ〜い〜〜
い〜ち〜ば〜ん〜〜ぜ〜ん〜い〜ん〜〜と〜う〜ほ〜く〜ち〜ほ〜う〜〜しゅ〜っ〜し〜ん〜
に〜ば〜ん〜〜ぜ〜ん〜い〜ん〜〜じ〜さ〜く〜の〜ぎ〜きょ〜く〜を〜〜え〜ん〜しゅ〜つ〜し〜た〜こ〜と〜が〜あ〜る〜
さ〜ん〜ば〜ん〜〜ぜ〜ん〜い〜ん〜〜は〜な〜げ〜を〜ぬ〜い〜て〜〜ほ〜ん〜の〜す〜き〜ま〜に〜つ〜め〜る〜しゅ〜じ〜ん〜こ〜う〜の〜で〜る〜〜さ〜く〜ひ〜ん〜を〜〜か〜い〜た〜こ〜と〜が〜あ〜る〜〜
よ〜ん〜ば〜ん〜〜ぜ〜ん〜い〜ん〜〜と〜う〜きょ〜う〜の〜だ〜い〜が〜く〜を〜〜そ〜つ〜ぎょ〜う〜〜し〜て〜い〜る〜〜
い〜つ〜つ〜か〜ぞ〜え〜ま〜す〜の〜で〜〜だ〜れ〜か〜お〜こ〜た〜え〜い〜た〜だ〜け〜ま〜す〜か〜〜
ひ〜と〜つ〜ふ〜た〜つ〜み〜っ〜つ〜よ〜っ〜つ〜い〜つ〜つ〜
久野 3番
住職 せ〜い〜か〜い〜で〜す〜〜〜
小梅 有難うございます結構なお経で…これで久弥も地獄に落ちると思います…さ、春代。お経も終わりました。
春代 お斎ですわね。
小梅 はい。おときの準備を。
辰弥 (小声で池田一に)おときが出るんですって!
小梅 辰弥。
辰弥 はい。
小梅 春代さんを手伝ってやって下さい。
辰弥 はい。
久野 それでは、おときが出るまで、少々私がおときなどを致しましょう。 (歌う)♪百万本のバラの花を〜
小梅 (ピコハンを示し)誰か使いますか。
春代 用意ができましたの。
辰弥 おときのパンケーキです。

(パンケーキと言っても食パンにマヨネーズとケチャップを塗ったものである)

春代 辰弥さん…わかっていますね。池田一先生に…池田一先生用の分を…きちんとお出しして下さいね…
辰弥 はい。
久野 それではいただきます…(どの皿を取るか迷いながら)これでいいのかな?
辰弥 いや、あってます
久野 あ、いいのか。
池田一 あの…わたし用というのは…
小梅 来客用です。
春代 印がついているのよ…
小梅 池田一さんはお客様ですからね。
辰弥 はい。
春代 注射針で穴をあけたような…印がついているのよ…
辰弥 …はい。
小梅 辰弥何をしてるんですか。早く配ってください。
辰弥 はい。
小梅 配り終わりましたか。
春代 はい。
小梅 ではみなさんどうぞ。
久野 だだッといきましょう。
辰弥 (小声で池田一に)池田一さんすいません。
春代 召上ってくださいよ…
池田一 いえ、あまり食欲が無いもので
小梅 どうしました池田一さん。形だけでもいいですから。
辰弥 池田一さんは体調がお悪いんです。
春代 0.2ミリグラムくらいで十分なのよ…
池田一 いえ、実はですね、私はちょっと…食パンアレルギーなもんでして。
春代 ついているものだけなめればいいですから…
池田一 …ええ、いやしかしですね、食パンについていると思うと、思うだけでその…アレルギーになるわけでして
久野 私はもう食べ終わりましたよ。
小梅 形だけでいいですから口をつけて下さい。
久野 住職ももう食べ終わった。
春代 見かけほどひどくないですよ…
辰弥 (小声で池田一に)敵は討ちます。
池田一 え?あの?
住職 辰弥さん、当主ともあろう方が、そのようなはしたないことを。
小梅 春代ギブしていい?
春代 いいんじゃないかしら。
池田一 ちょっと待って下さい、住職の様子が。
住職 ううううううううううう
小梅 どうしました住職?

(住職は懐からサンバホイッスルを取り出して口にくわえ、立ちあがるとサンバホイッスルを吹きながらサンバのステップを踏み、そして突然倒れる)

小梅 住職?
久野 これは…久弥さんのときとそっくりだ!
小梅 住職!
久野 皆さん、死んでいます!

(チャチャーン、と持参のピアニカで池田一がショック音を吹く。一瞬明りが落ちて、多治見家の面々は再度懐中電灯で自らの顔を下から照らす)

小梅 住職!
久野 とにかく、遺体を奥に。
小梅 あああ住職!住職!どうして!
春代 どうして…住職がこんなことに…
池田一 今の食事は?今の食事は誰が?辰弥さん、今の食事は誰が!?

(久野と春代、辰弥が住職の死体を上手ソデに運ぼうとしている)

小梅 池田一さんも手伝ってください。
池田一 辰弥さん、今の食事は誰が!?
小梅 辰弥!
辰弥 はい。
小梅 後でアタシの部屋まで来なさい。
池田一 説明してもらえませんか!
春代 ああ…重い…
池田一 今の食事は…
春代 抜けそう…
久野 何てことだ。まさか住職が。

(住職の体を運びながら、上手ソデに去る久野、春代、辰弥、池田一)

小梅 あの子はアホだね。使えないよ。こうなったらもっとわかりやすい方法を使わなければ。

(辰弥が戻ってくる)

辰弥 失礼します。辰弥です。
小梅 おお、辰弥かい、ちょっとお待ち。今私達2人でエアロビクスしてるんだ。ちょっと待ってくれるかね。
辰弥 はい。
小梅 そうだ、辰弥。しりとりしようか。
辰弥 しりとりですか、はい。
小梅 お前はシリトリが好きかい。
辰弥 ああ、しりとり、まあまあ好きです。
小梅 そうかい。強いのかい?
辰弥 まあまあ、普通です。
小梅 そうかい。じゃあアタシからいくよ。
辰弥 はい。
小梅 みかん。
辰弥 ん。
小梅 どうしたんだい、ダメな子だね。
辰弥 ん。
小梅 次いくよ。パイン。
辰弥 ん。…んりんご。
小梅 アホかい。さあさあ、冗談はさておいてエアロビクスが終わったよ。入っておいで。
辰弥 入ります。
小梅 そこへ座りなさい。
辰弥 はい。
小梅 ちゃんとした挨拶をまだしてなかったね。
辰弥 ああ、どうも。
小梅 よくこの多治見家に帰ってきてくれました。
辰弥 はい。
小梅 ありがとう。これがタテマエです。次に本音をいきます。ひとつ質問します。
辰弥 はい。
小梅 お前はアホか。
辰弥 ええっ?
小梅 春代のいうことをちゃんと聞いていたのかい。
辰弥 はい。
小梅 印のついていたやつを池田一さんにちゃんと出したのかい。
辰弥 出しました。
小梅 本当かい?
辰弥 はい。
小梅 ぶっちゃけた話はどうなんだい。
辰弥 あの、ぶっちゃけた話、池田一さんに出しました。僕は自分が許せません。
小梅 何を言っているんだい?とにかく出したんだね。
辰弥 はい。
小梅 それならそれで仕方あるまい。そのことはいいでしょう。で、ここに、我が家に伝わる最高級の爽健美茶があります。
辰弥 はい。爽健美茶ですか。
小梅 はい。高いですよ。
辰弥 凄いですね。
小梅 3000万ヘクトパスカル。もう立ってられないくらい。これを池田一先生にお出ししなさい。言っている意味がわかりますね。わかったような顔だけじゃ駄目なんですよ。
辰弥 あの…これは、美味しいお茶なんですよね。
小梅 そうです。美味しいお茶です。お前は賢い子だね。だから、池田一先生に出すんですよ。わかりましたね。
辰弥 はい。
小梅 よろしい。では、池田一先生を私が呼んでこようか。

(上手ソデから床屋が登場しつつ声をかける)

床屋 今日は。
小梅 はい?どなた?
床屋 あ、床屋の丸茂ですけど。
小梅 丸さん、こりゃ久しぶりだねえ。まま入っておくれ。
床屋 あのー、言われてた久弥さんの、もみあげ…
小梅 ああ、あれね、もみあげね。確かにあの子は言ってたね、もみあげを足してくれって。
床屋 ええ。それで、来たんですけど、あ、もう、もみあげの、あの、調達の方、済みましたか?
小梅 それがねえ、そういうことは全部春代がやってたんだよ。
床屋 ああ。
小梅 ちょっと、春代に聞いてくるね。これ、家の新しい当主の辰弥なんだ。これからもよろしくお願いしますよ。
辰弥 辰弥です。お願いします。
小梅 辰弥、ちょっとおもてなしを。じゃあちょっと待ってておくれ。春代を捜して聞いてきます。
床屋 どうも。
辰弥 はじめまして。新参者ですが、よろしくお願いします。
床屋 いえいえ、こちらこそ。
辰弥 もみあげやさん、ですか?
床屋 いや、床屋ですよ。なかなか、粋な注文しはるから。
辰弥 ああ、やっぱり。普通じゃないんですよね。
床屋 結構、立派なもみあげですね。
辰弥 僕ですか。
床屋 調達できひんのやったら、ああ、あなたのでも、ええんですけど。

(カッターナイフの歯をせり出しながら辰弥ににじり寄る床屋)

辰弥 いえいえいえ、
床屋 カッターナイフじゃ恐いですか?ややや、僕のこれ、仕事の七つ道具で、ちゃんとカッターナイフ1本で、鉛筆も削れれば、ベニヤ板もちゃんと切れますから。大丈夫。
辰弥 それが何の証明になるんですか。
床屋 ええっ?えっ?ちゃんと無事に、もみあげ。だって、無かったら、久弥さん、寂しいんちゃうかな。
辰弥 いやでも今聞いてくるって
床屋 ええっ?いやいやまあでも、もしかしたら準備できてないかもしれないじゃないですか。そういう時のこともね、いや、プロですから。そういうこともやっぱり考えておかないと。で、まずは先に測りましょうか。何cm伸ばせって言うてたっけなあ。ええーと。とにかく。

(メジャーを取り出し辰弥のもみあげの長さをはかる床屋)

辰弥 あのう。
床屋 ちょっと足りませんね。
辰弥 え?
床屋 いやあ、12cm足せ言われてたんですよ。
辰弥 12cmですか?
床屋 3cmしかないな。
辰弥 出ちゃいますよ。
床屋 え?あ、足りひん分、ゾっと上まで。ややそんな、大丈夫です大丈夫です。床屋ですから、ちゃんと綺麗に。似合うように、やりますんで。
辰弥 あの、遠くから来て、喉でも、渇いたんじゃないですか。
床屋 いやいやそんな、遠くって、ああそうか、まだ来たばかりで知らないんや。床屋、3軒隣ですよ。
辰弥 3軒隣なんですか。そうですか。あのー
床屋 じゃあ久弥さんに、あの、ね。
辰弥 本当は僕が飲みたいんですけどあの、
床屋 え?どうしたんですか?
辰弥 あの、特別な特別なお茶らしいんですが
床屋 ままそうおっしゃらずに。
辰弥 あの、これを飲んで
床屋 あ、もっと刃を出してもらいたいですか?

(チキチキとカッターの歯を伸ばす床屋)

辰弥 あの、本気で危ないと思いますので、あの、本気で危ないと思います。あの
床屋 いや、暴れたら危ないけど、暴れなかったら大丈夫ですよ。
辰弥 いや
床屋 暴れたいですか?
辰弥 暴れたく無いです。
床屋 はは、そりゃあ良かった。ほな、

(再度迫る床屋)

辰弥 いや、あの僕散髪屋さんに剃ってもらいますから…
床屋 床屋じゃあきませんか。
辰弥 ああ、そうか同じですね…(カッターの歯に視線を向け)めっちゃ出てるじゃないですか!
床屋 いや、もう、ああもうこれ以上出ないんですわ、すんません足りないんですか?
辰弥 ああ、あの、長い刃は苦手で、はい
床屋 あああ、怪我した時のために、
辰弥 そうですね。
床屋 ちょっと薬も。持ってきてますよ、ええとどこやったかな、どこやったかな、あ、
辰弥 あのう、よかったらお茶、どうぞ。
床屋 あ、お茶、それまた喉渇いた時に頂きますんで。
辰弥 ああ、そうですか。
床屋 えー、どこやったかなあ。
辰弥 あのう、久弥兄さんと、何かあの、お知りあいだったんですか?
床屋 いやもうそりゃあ、いやあもう、もみあげ剃り合う仲でしたよ。
辰弥 ああそうですか。
床屋 ええ。
辰弥 あのう、もしかしてあのう、
床屋 (ガラスの小瓶を取り出す)これ、薬なんですわ。そのもみあげ剃りすぎて、ちょっと血ぃ出たときなんかに使う薬。
辰弥 ちょっともみあげから離れませんか!
床屋 ややや、でも、私、久弥さんにもみあげ足す約束で来たんですよ。
辰弥 ああ、そうでしたか。
床屋 ねえ。で、これですけどね、この薬、ジンサンシバンムシエキス言うんですけど。2年もんでね、
辰弥 遅いな…
床屋 いや、これつければ、ねえ、
辰弥 いや、あのう
床屋 これつけたら、多分、治ります。
辰弥 何がですか。
床屋 えっ?カッターで切り傷つけても。
辰弥 き、切り…
床屋 いや、僕ね、やっぱプロですから、一度もそんなへまやったことないんですよ。
辰弥 ああそうですか
床屋 だからこれが
辰弥 素晴らしいですね
床屋 効くのかどうかわかりません。どうです?カーッター♪
辰弥 まきでお願いしますね。
床屋 巻き、というと、これですか?(メジャーを示す床屋)
辰弥 違います…
床屋 あ、そうなんですか?
辰弥 あの、
床屋 え?
辰弥 床屋さんは何か、僕の父さんについて何か、お知りじゃないですか?
床屋 辰弥さんになあ…辰弥さんに、教えて、ええこと?久弥さんの…いや、僕、もみあげの長さくらいしか…
辰弥 そうですか。
床屋 喋りすぎたみたいで、ちょっと喉渇いてきました。
辰弥 あ、どうぞ。
床屋 頂きます。
辰弥 なんかこの家で一番美味しいお茶らしくて。

(頬のあたりをなでながら小梅が戻ってくる)

小梅 ここはヒゲなのかね、もみあげなのかね。あ。
床屋 いやー、美味しいですねえ。はあああ。
小梅 ちょっと!
床屋 ああ、ああ、小梅さん。
小梅 今、飲んだのかい?
床屋 あ、の、飲みましたよ。いや、美味しかったですよ。
小梅 お前。
小梅 飲ませたのかい。
辰弥 いや、なんかあのう。凄く喉渇いてそうだったし。
小梅 なんで笑ってるんだい。
床屋 いや、喉渇く前から、出してはりましたよ。
小梅 この目の中になにか憎悪は感じないかい。
辰弥 ぞう?
小梅 誰にお出しといった。
辰弥 え?
床屋 いらない耳ならカッターで切りましょうか。
辰弥 いや、いいです。
床屋 カッターで
小梅 あのね、頭を、剃っちまったんだよ、春代がね。久弥の頭剃っちまってどこがもみあげかわからなくなっちまった。
床屋 ああー、そうですか。
小梅 悪いね、また今度にしてくれ。
床屋 そうですね、調達できるめど立ってから、この人のでもいいんですけどなんか嫌がらはるから。
小梅 すまないね。急いで、帰ってくれるかい。走って、帰ってくれるかい。
床屋 12cm×2本で24センチ用意しときますんで。

(床屋はあたふたと上手ソデに去る)

小梅 あーあーあーあー、
辰弥 お疲れ様でした。
小梅 バカヤロ!バカヤロ!(ピコハンでポカポカ)
辰弥 お、落ちついてください。
小梅 バカヤロ!バカヤロ!(ピコハンでポカポカ)
辰弥 落ちついてください。どうしたんですか。

(上手ソデからサンバホイッスルの音。ピアニカでショック音、続いて池田一の声「また死んでいる!」)

小梅 入るのが遅いんだよ!この子はもう、バカタレ!バカタレが!
辰弥 だって。
小梅 あれほど池田一さんて言っただろ!
辰弥 でも美味しいお茶だって言うから。
小梅 バカ!基本的にバカだし最終的にもバカだよお前は!とどのつまりがバカなんだよ!
辰弥 バカバカ言わないで下さいよ。
小梅 バカッ!春代…
辰弥 小梅様。
小梅 バカがいるよ…
辰弥 小梅様。
小梅 春代ーっ、バカだよこの子は…
辰弥 あのー、何か悪いことしたんだったら…やっぱり僕はこの村に来ない方がよかったのかな。

(小梅は下手ソデに去る。入れ替わりに上手ソデから春代登場)

辰弥 あ、春代さん。
春代 小梅様がなんだか…血相を変えて…行かれましたよ…
辰弥 なんか、僕をバカバカ罵って。
春代 …まあ…
辰弥 多分、僕は小梅様に疎んじられているんだと思います。
春代 …バカ…
辰弥 え?
春代 そうじゃないのよ。あなたがバカなのよ…
辰弥 え?
春代 いいですか、
辰弥 はい。
春代 かなり心配になってきたので、
辰弥 何がですか。
春代 あなたについてですよ…
辰弥 あの、色々至らないところはあると思うし僕は新参者だからものもわからないですけれども。
春代 少し…調べさせてもらいました…
辰弥 調べた。
春代 ええ…
辰弥 何をですか。
春代 ここに来る前に…あなたが何をしていらっしゃったのか少し…調べさせていただきました…
辰弥 そうですか。あの、僕は、おみくじの自動販売機を作っている会社に勤めていたということを知らなかったの
春代 それは、関係ない…
辰弥 そうか…
春代 調べたんですよ。(突然ヒステリックに)何を笑っているのバカッ(ピコハンでピコッ)
辰弥 いえ…
春代 あんたバカ?
辰弥 どちらかといえばバカです。
春代 バカッ(ピコッ)いいですか、あたし達がしらべさせていただいたのはあなたの…そう…映画に出たでしょう?
辰弥 なんの話ですか。
春代 ごまかさないで頂戴…
辰弥 僕は
春代 …私達見たんですから…あなた、映画に出ていたじゃありませんか…
辰弥 僕は、あの、映画とかに出るような、あの、人間じゃないです。毎日毎日、会社に出かけて
春代 …中で、椅子に、縛り付けられて…電気を流されて悶えていたでしょう?…
辰弥 それは姉さんの妄想です。
春代 あたし達見ましたよ。あなたあの時…もしかして…こう・ふん、して・いたんじゃ・ないの?…
辰弥 興奮してるのは姉さんです。
春代 (ピコッ)ごまかさないで頂戴…
辰弥 ごまかすも何も。なんの話か全然わからないですよ。
春代 でんきをながされて、ちょっと…こう・ふん・して・いたんで・しょう?…
辰弥 だ、だから、姉さんの…こ、答えようがないですよ、そんなこと言われても
春代 ごまかしてはいけません、あなたそれにあの、えいがのなかで…なんども…おじょうさんに、チュウをしていたでしょう?…

(ピコッ)

春代 ごまかさないで頂戴…
辰弥 何も言ってないじゃないですか。
春代 わたしみましたから。なんどもしていましたね。
辰弥 な…な…なん…
春代 なんなんですか。
辰弥 いや、僕の
春代 はっきり言って
辰弥 僕のことじゃないと思いますけど
春代 はっきり言ってごらんなさい…
辰弥 あのー、映画って言うのは何度もチュウするもんなんです。

(ピコッ)

春代 ごまかしてはいけないといっているでしょう
辰弥 いや、ごまかしてるんじゃなくて。
春代 あなた、
辰弥 一般論を。
春代 あなた、チュウしながら、どんなきもちだったのですか?…
辰弥 あ、チュ、
春代 ラッキーだとおもっていたのですか…それとも役柄だから仕方ないと思っていたのですか…
辰弥 うえ?や、これ、は
春代 これは
辰弥 な?あ
春代 どっちなの
辰弥 まだ続く…
春代 どうなの、萎えていたの…それとも、ピンカートンな感じだったのですか?…
辰弥 あの…ピンカートンって何ですか…
春代 ぴんかーとん
辰弥 あの、煙草の、10…

(ピコッピコッピコッ!)

春代 どうなの。いってごらんなさい。(ドン!と拳で床を叩く)
辰弥 まあ、その、どちらかと
春代 どちらかと
辰弥 言えば
春代 いえば
辰弥 いや、だから、その、そりゃ、だから、ドキドキはする、もんですよ。
春代 ドキドキした、のは、ハートでしょう…
辰弥 いや、はい。
春代 ピンカートンしたのは…
辰弥 何の話なんですか!
春代 私からはこれ以上言えません。あなたは!
辰弥 大丈夫ですか春代さん。
春代 あなたは、お父様と同じ、そういう血が流れているのね!
辰弥 そういう血って、お父様は、ど、どんな血が?
春代 言えない、言えません。あなたにそのことを…お話してもらおうと思って…尼寺から…アマさんに来て頂くように頼みました
辰弥 その方が何か知ってるんですか。
春代 全部ご存知よ…あなたの…お母さんと、鶴子さんと、お父さんの間に、起こった、こととか…ピンカートンとか…

(春代は下手ソデに去る)

辰弥 ピンカートン…今日はイブなのに…僕のルーツを…僕の出生の秘密を…あ。ああっ、アマさん

(上手ソデから水中眼鏡、シュノーケル、ウェットスーツの人物が。アマだ。尼じゃなくって海人なのだ)

辰弥 アマさんあのう、アマさんていつでもそんな格好していらっしゃるんですか…僕の出生の秘密を何か知っていらっしゃるって…春代さんに、きかされたんですけど、アマさん!

(海人はサンバホイッスルを取りだし、シュノーケルの先端に当てる。呼気で1フレーズ吹ききると、突然倒れる)

辰弥 ええっ?……今日は、なんて一日だ。何人死んだら気が済むんだ、くそう、もうこんな村出ていってやる。でももう今は夜だからとりあえず寝て、体力を補給しなきゃ。やつ…やつ…で、人がどうにかなるって、どういうことなんだ。…とりあえずユニクロでも着よう。

(フリースを着る)

辰弥 ユニクロはいいなあ、迷いがなくて。

(布団を被って横になる)

辰弥 いい夢見れるといいなあ。…やつぼ…やつ…

(暗転)
(ぽろりろりん、といかにも夢ですよ、ってな効果音)
(明転)

久野に似た夢の中の男 やあ今日は。僕が、無免許天才やつは…うっ(倒れる)

春代に似た夢の中の男 ええ只今から、そんなイラスト色紙を貰っても困るヘビー級タイトルマッチを行います。青コーナー、挑戦者、180センチメンタル、おおた、けーいぶーん。赤コーナー、チャンピオン、200メルヘン、いわさきーちひーろー。レフェリーミスターやつはし、あっ(倒れる)

小梅に似た夢の中の男 そごうグループの会長、水島です。つぶしちゃった。いいなあ、もうクリスマスなのに。あっ高島屋さんだ。お客さんたくさん入ってるなあ。こっちは三越だ。あっ、八つ橋だ。(倒れる)

(海人に似た夢の中の男が登場、何もせずいきなりサンバホイッスル。倒れる)

(明転)

辰弥 あっ、夢か。なんて夢だ。みんなが、やつ…でも何が起こったのか全然わからないからもう一度寝よう。
久野に似た夢の中の男 ホンマかよ。

(皆ドタバタと、先ほどのシーンを再度演ずるべく、ソデからソデへ移動)
(暗転)
(明転)

久野に似た夢の中の男 やあ皆さん今日は。僕が、天才カリスマやつは…うっ(倒れる)

春代に似た夢の中の男 只今から、そんなもの貰ってもうれしくないイラスト色紙ヘビー級タイトルマッチを行います。青コーナー、180センチメンタル、おおた、けーいぶーん。赤コーナー、チャンピオン、200メルヘン、いわさきーちひーろー。レフェリーミスターやつはし、あっ(倒れる)

小梅に似た夢の中の男 わっはっはっはっはー、俺は閻魔大王だ。お前達嘘をついてるとぜんいんやつはしにするぞー、うああー(倒れる)

(海人に似た夢の中の男が登場、何もせずいきなりサンバホイッスル。倒れる)

(明転)

辰弥 あっ、夢か。やっとわかったぞ。八つ橋を見ると、みんな痙攣を起こして倒れる。どういうことなんだ。

(久野・春代・小梅が上手ソデから登場)

久野 皆さん、よく寝てますよ。今のうちに行きましょう。
春代 よく寝てるわね。
辰弥 久野先生、春代さん、なんでこんなところに。
小梅 おー、辰弥がよく寝とる。
辰弥 小梅さんまで。

(各人、寝ていることを確認すべく、辰弥の頬をつねる、頭をはたくなどする)

辰弥 寝てないですよ。
小梅 予告もナシに2回も夢みおって。
辰弥 寝てないですよ。
小梅 おお、よう寝とる。焦った。

(久野と春代が下手ソデの一部の暗幕を取り払い、さらに窓をふさいでいたダンボール[いわゆる遮光である]まではがしてしまう。これで舞台上から窓を通り外へ出られるようになった)

辰弥 準備してるから…ああっ壁が、壁が外れて…
久野 さあ、いまのうちに鍾乳洞へ行きましょう。
辰弥 鍾乳洞?
小梅 辰弥が寝ている間に、鍾乳洞へ
春代 なんで、抜け道の部屋で辰弥が寝ているのかしらねえ。
久野 トペコンヒーロで、えーい。

(助走をつけ頭から窓の外へ飛び出す久野)

春代 …あたしもやるの?…
小梅 普通でいいですよ。

(春代も窓の外へ去る)

辰弥 ああ。
小梅 小竹さん、どっちが先に行きますか。

(ワニの小竹さんを窓の外へ放り投げ、小梅も後に続く)
(池田一が上手から登場)

池田一 ひどいな。なんだここは。真っ暗だ。

(起きているのに寝ていることにされている辰弥に気づき)

池田一 辰弥さん、辰弥さん、起きてくださいよ。
辰弥 起きてますよ、めちゃめちゃ起きてますよ。
池田一 なんで起きてくれないんだ、辰弥さん。なんで寝てるんだろう。(草履で辰弥をひっぱたいたりする)
辰弥 寝てないですよ。いたいいたい。
池田一 起きてください、あそこに、秘密が何かあるのかもしれないんですよ。なんで起きてくれないんだ。
辰弥 いやいや起きてますよ。もう、ほらほら、ほら。(池田一の頬をつねる)あ、意味が違うか。
池田一 痛い、痛いけれど、それは、私が起きているだけだ。
辰弥 痛い、起きてますよ。
池田一 どうして起きてくれないんだろう。
池田一 とにかくあそこに何か秘密があります。
辰弥 秘密ってなんだろう。
池田一 それを今から調べにいきます。ついてきてください。
辰弥 真っ暗ですけど大丈夫なんですか。うわ、ここ、なんなんですか?

(池田一と辰弥も窓から外へ出ていく)
(スライド。「鍾」「乳」「洞」「鍾乳洞」)
(客席後方の会場入り口から、久野・春代・小梅が入ってくる。彼らはしばらく客席の間をウロウロと移動する)

久野 何度来ても、よくわからん鍾乳洞ですな。今日は鍾乳石がたくさんだ。迷子になると行けないから、鍾乳石に蓄光を貼っていきましょう。

(お客の一人に蓄光テープを貼る久野)

小梅 こんなもんかね。
久野 よーく照らしておかないと光りませんよ。
小梅 ちゃんとしてくださいよ。迷子になったらあたしたちだって出られないんだ。妙な鍾乳洞だ。
春代 (お客に)本当に蓄光ですから安心していいですよ。
久野 えーい知らない人にも貼っちゃえ。

(お客の一人に蓄光テープを貼る久野)

小梅 今日の鍾乳石は眼鏡が多いね。
春代 伯母様…この光は…
久野 さて、広いところに出ましたよ。ここがそうなんじゃないですか。
小梅 着いたのかい。
久野 ええ。ここらへん…ここです。

(久野・春代・小梅は舞台上に抜ける。舞台には白い全身タイツにつつまれた人物が鎮座している。久野らがゆっくりと懐中電灯の光を全身タイツの人物に向けると、ドラをひっぱたく効果音と共に明転)

久野 要蔵様。
小梅 おおお要蔵さん今日も来ましたよ。

(この全身タイツの人物こそ、久弥らの父、要蔵なのである。死んだ要蔵を彼らは鍾乳洞の奥に祭っていたのだ!!)

久野 要蔵様、イケダイチという探偵みたいなやつがこの多治見の家を嗅ぎまわっています。久弥さんが死んで辰弥さんが来ましたが、辰弥さんが我々の一族に入るのを、邪魔しています。…あるいは辰弥さんが馬鹿なだけかもしれません。
春代 辰弥を使って…殺させようとしたのに…上手く行かないのよ、お父様…
久野 我々が直接手を下してしまってもいいのではないかと思うのですが。
小梅 どうしたらいいだろうねえ、要蔵さん?
久野 また、夢とかなんとかでお告げをくれるとありがたく思うのですが。
小梅 お願いします。

(3人、ひざまずいて要蔵を拝む)

久野 なにか物音が。
小梅 なんだい。
久野 まずいですよここを知られては。隠れましょう。

(久野ら3人は上手ソデに去る)
(客席後方の会場入り口から、池田一と辰弥が入ってくる。彼らもまたしばらく客席の間をウロウロと移動する)

池田一 辰弥さん、着いてきてますね。
辰弥 はい。ここは
池田一 辰弥さん、ここはどうやら、鍾乳洞のようですよ。
辰弥 鍾乳洞。
池田一 見てください、鍾乳石がいっぱい。
辰弥 本当だ。でも全部下からはえている…
池田一 そういう鍾乳石なんです。
辰弥 そういう鍾乳石なんですか。
池田一 ええ。
辰弥 凄く複雑な構造になっているんですね。
池田一 随分広いようですよ、これは。
辰弥 それに天井が高い。
池田一 これは下手をすると迷ってしまうな。辰弥さん、これから鍾乳石に、ロープを巻きつけていきます。ロープを巻きつけていけば、迷うことはありません。
辰弥 ロープ、そんなもの持ってたんですか。
池田一 ええ。いいですか。
辰弥 これをどうしたらいいんですか。
池田一 あなたはそこで、端を持っていて下さい。いいですか私が結びつけていきますから。

(ロープと言っているが、実際持っているのはコードの束である。池田一はコードの端を辰弥に預けると、束を解きながらお客に巻きつけていく)

池田一 すみません。
辰弥 池田一さん誰に謝ってるんですか。
池田一 なんのことですか、私は別に謝っていませんよ。
辰弥 あの、おいていかないで下さいね。
声 おいていかないで下さいね

(どこからか突然オウム返しに声が。以下も同様)

池田一 大丈夫です。
声 大丈夫です。
池田一 あの、何か言いましたか?
声 何か言いましたか?
辰弥 いや
声 いや
辰弥 だからおいていかないで下さいねって
声 だからおいていかないで下さいねって
辰弥 何か聞こえませんか?
声 何か聞こえませんか?
池田一 何か聞こえますか。
声 何か聞こえますか。
辰弥 誰かいる!
声 だれかいる
辰弥 誰かいますよ、池田一さん!
声 誰かいますよ、池田一さん!
池田一 辰弥さん、
声 辰弥さん、
辰弥 帰って来て下さい!
声 帰って来て下さい!
池田一 これは
声 これは
池田一 木霊じゃないですか?
声 こだまじゃないですか?
辰弥 木霊?
声 木霊?
辰弥 木霊っていうとあの…
声 木霊っていうとあの…
辰弥 たくさん駅に停まるほうの…
声 たくさん駅に停まるほうの…
池田一 辰弥さん、ボケないで下さい!
声 辰弥さん、ボケないで下さい!
池田一 いいですか?
声 いいですか?
辰弥 はい。
声 はい。

(お分かりとは思うが、木霊などではなく、舞台上の要蔵の死体がオウム返ししているのだ)

池田一 おーい!
声 おーい
池田一 ほら
辰弥 木霊だ。
池田一 木霊ですよ。
辰弥 今、「木霊だ」っていうの、木霊しませんでしたよ!?
池田一 いいですか?
辰弥 はい。
池田一 (持参のピアニカで「レ・ソ」と吹く)
声 ん・ん
辰弥 いや、音程ずれてますよ。
池田一 (持参のピアニカで「ちょうちょ」を吹く。最後の一節だけ突然短調に転調。声もついてくるがちょっと苦しい)ちゃんと反応してます。
辰弥 微妙になんか音程とかズレてる…
声 微妙になんか音程とかズレてる…
池田一 そうですか?
声 そうですか?
辰弥 あ、なんかこんなところにスイッチがありますよ!

(辰弥はコードの端にスイッチがついているのを発見する)

池田一 辰弥さん、ちょっと待って下さい、全部巻いてからです。
辰弥 なんですか?
声 なんですか?
辰弥 この鍾乳洞なんなんだ?
声 この鍾乳洞なんなんだ?
辰弥 もう帰りましょうよ…
声 もう帰りましょうよ…
池田一 いえ、ここでひきさがっては、事件が、謎が、解けないじゃないですか。
辰弥 奥に行ったら謎が解けるんですか?
池田一 恐らく。ここに、全ての秘密があるはずです。辰弥さん、
辰弥 はい、
池田一 OKです。
辰弥 OKってどういうことですか?
池田一 とりあえず、ついてきてください。
辰弥 はい。
池田一 あ、スイッチは入れてください。
辰弥 このスイッチ入れていいんですか?
池田一 どうぞ。

(コードはマメ電球を仕込んだ電飾コードだったのである。お客たちにまきついて、幻想的に明滅する)

辰弥 ああっ!鍾乳洞の中が、ちょっとしたルミナリエ状態ですよ!凄いや!
池田一 これで帰り道はばっちりです。ついてきてください。
辰弥 はい。ロープを辿らなくてもわかる。すいません。…誰に謝ったんだ、今!?
池田一 辰弥さん、
辰弥 はい
池田一 気をつけてください。なにがあるかわからないから。なにか浮かんでいませんか?
辰弥 なにが?
池田一 後に…後ですよ。何か気配がします。
辰弥 池田一さんの体温を感じます。
池田一 いえ、私は触っていませんよ。
辰弥 いや、…はい。
池田一 何かがあなたに触っているんですか!?
辰弥 いや、何も触っていないですけれども…何かオーラのようなものが…でも探偵さんは違うんですよね

(もちろん要蔵の死体が辰弥を触っているのである。以下、辰弥が何がしかの反応を示す個所は、全て要蔵の死体に触られているのだ)

池田一 私はオーラを出すような…
辰弥 ああっ!!何が…池田一さん!今、僕に触りました?
池田一 いえ、別に触っていないですよ。
辰弥 ええっ?池田一さん、出ましょう、ここ!
池田一 そんなに恐がらなくても大丈夫ですよ。私がついていますから。
辰弥 ああっ!!
池田一 辰弥さん!
辰弥 はい
池田一 それはギャグですか?
辰弥 池田一さん、どうしたらいいんでしょう!
池田一 なんとかなりますから。大丈夫です。目をつぶって。落ちついて。
辰弥 はい。
池田一 息を整えて。誰も後から触ったりしませんから。
辰弥 うわああっ!!触った!もうダメだ!
池田一 気のせいです。ほら。大丈夫でしょう。あれ?何か後のほうに…左の方に、何かありませんか?
辰弥 ルミナリエ?
池田一 左…ああ、私から見て左のほうですね、あなたの右の方に何かあるような気がするんですけれども。ちょっと見てみましょう。せーの。
要蔵の死体 木霊ですよー。
辰弥 きゃあー!!
池田一 こ、木霊!?これは、どう反応したらいいんだろう。
辰弥 ああッ!!何これ!何これ!な、な…

(久野・春代・小梅が上手ソデから登場)

小梅 見てしまいましたね、池田一さん。
池田一 これは一体?
辰弥 小梅様も!?あっ!春代さんに、久野さん。
小梅 見られては仕方ありません。
辰弥 何でこんなところに…
久野 あなたはちょっと知りすぎたかもしれませんねえ。
池田一 これは一体なんなんですか。
小梅 要蔵様です。
辰弥 えっ!
池田一 すると、あなたのお父さんの…
春代 これが、辰弥さんのお父さんの…要蔵さんよ…
辰弥 よ、要蔵さん…父さんは、亡くなったんでしょう?
池田一 するとあの、32人を殺したという…
小梅 ふふ。
辰弥 亡くなったんじゃないんですか?なんでこんなところに。
久野 亡くなっています。
辰弥 えっ?
久野 屍蝋です。
辰弥 屍蝋って何ですか?
久野 体内の脂肪分が蝋になったんです。死して30何年、原型を留めています。自然の奇跡です。
池田一 しかし…何故あなたがたはそれをこんなところに…そしてあなたがたは…
辰弥 何で信じてるんですか!?自然に…信じられませんよ、そんなこと!!
池田一 いや、だって
辰弥 これが僕のお父さんで!!
池田一 よく似てるじゃないですか。
辰弥 似てないですよ!!!!!
春代 似ている…
池田一 似てますよ。
辰弥 何が!!!!
春代 眼鏡とか…
辰弥 眼鏡かけてないじゃないですか!
春代 今はね。
辰弥 かけてらっしゃったんですか…え、ええっ!?
小梅 そこの血圧の高いお馬鹿、こっちへおいで。お前は多治見の人間だ。こっちに来ればいいんだ。
辰弥 嫌だ…
久野 私はちょっと、考えたことがあるんですけどね。
小梅 どうしました、久野先生?
久野 この一連の、人死に。みな池田一さんが来てから起こってませんか?
池田一 何が言いたいんですか。
辰弥 えっ!!
小梅 確かにそうですね。
春代 ひっぱって来ましょ
池田一 いえ、あなたがた何か誤解していますよ。そういう…いいですか。どこか、他に犯人がいるんですよ。
春代 (辰弥に)そこにいると当たるよ…(春代が銃を池田一に向けている。やむなく多治見家側に移動する辰弥)ご覧、お前の味方なんか一人もいやしない…
辰弥 池田一さん、がん、頑張って下さい。
池田一 あのですね。とにかく、犯人を挙げればいいんですから。こうなったら、私が、最後の、奥の手を出します。
久野 はやく出せよ。
辰弥 最後の…

(バン!銃声。コートの合わせ目から手を出す[奥の手]、というベタなギャグをやった辰弥を春代が撃ったもの)

辰弥 わっ!危ないな!
小梅 危ないのはお前のギャグです!お前のギャグは人を殺します。
辰弥 ええっ!
小梅 気をつけなさい。
辰弥 池田一さん、真犯人を明かしてくださいね!待ってます、僕。
春代 やってごらんなさい…
池田一 いいですか。
春代 奥の手とやらを…
小梅 何をするんですか、一体。
池田一 私の、必殺真理捜査です。
小梅 心理捜査?ふん、なんですかそれは。
辰弥 今はやりのプロファイルってやつですね。
小梅 お前は黙っておれ。
辰弥 何で。
小梅 できたら息もしないほうが良い。空気が勿体無い。
辰弥 本当に…お嫌いなんですね。
小梅 そんなことありません。

(池田一はスケッチブックとマーカーを久野・春代・小梅・辰弥・要蔵の死体にそれぞれ配布する)

池田一 この今、配った
辰弥 フリップ?フリップ。
久野 ダイソー…100円ショップのスケッチブックだ。
池田一 これに私が、今からする質問に対する答えを、書きこんでもらいます。
久野 ほう。
小梅 それで何かわかるんですか。
池田一 ええ。その解答を見て、私が心理的にこの事件を構築するわけですよ。
久野 …やっぱりお前が構築してるんじゃん。
池田一 いえいえ、それは言葉のあやです。とにかくですね、私のする質問に答えていただきます。
小梅 いいでしょう、わかりました。
辰弥 それで事件は解決するんですね?
池田一 第1の質問をします。
小梅 (辰弥に)無視されたね。
池田一 いいですか、第一の質問です。(たったららー)
小梅 アメリカ行きたいかー。
春代久野 おー。
池田一 第1の質問。人を殺すということについて、どう思うか。それぞれ、お書き下さい。どうぞ。

(BGMは草競馬。2コーラス目からスピードアップ、3コーラス目で転調。芸が細かい。しかし辰弥は書き終わらないのだ)

池田一 辰弥さん…
小梅 (ため息)はー。
池田一 それでは一斉に出していただきましょう。せーの、どん。
それではこちらから。えー、(春代の解答)「やむを得ない時も、ある」ええ。例えばそれは、どういう状況でしょう。
春代 やらないとやられる
池田一 やらないとやられる。なるほど。次に行きましょう。(久野の解答)「分子の結合がほどけるだけ」
久野 原子にもどるだけだからいいじゃん。
池田一 原子には…
久野 あ、戻らないか。
池田一 戻らないでしょう。何ていいますか…しかしですね、あなた自分が斬られてもそういう風に思うわけですか。
久野 おうとも。君が死んでくれって言ったら死んでやるよ。
池田一 ああ…なかなか潔いというのか何というのか…
久野 本当に言うなよ。
池田一 一瞬考えましたがやめておきましょう。次行きましょう。ええ…(要蔵の死体の解答)「今日は生け贄がちょっと欲しいな。30秒でいいし」ええ…生け贄ですか。生け贄。これはつまり…彼が誰かを殺したいということなんですかね。
久野 誰かではないかも。
池田一 因みにこれから30秒生け贄タイムというのを作ってみたらどうなりますかね。
辰弥 みな、ここを離れた方がいいですよ!!
小梅 試してみましょう。
池田一 試してみましょうか。それでは、行きますよ。
辰弥 や、や、や…
池田一 せーの、はい。1、2、3、…(30まで律儀に数える池田一)
辰弥 やめになったんじゃないんですか!
要蔵の死体 いやあ〜♪(ねちっこく辰弥に迫り、大腿部中心に触りまくる)
辰弥 いやあって。
要蔵の死体 ジューシーやねえ。ジューシーで困ったことない?(抱きついたりなど。いわゆるハラスメントですね)
辰弥 いやこんなんお客さん楽しくないと思いますよ!
要蔵の死体 いやねえーー。
辰弥 だから却下になったじゃないですか!
要蔵の死体 困ったことない?困ってへん?うわあ〜♪。ほんまに?ほんまに?ほんまに困ってへん?
池田一 …29、30。
小梅 延長なさいますか?
辰弥  …もう…
池田一 それでは、次に行きましょうか。えー、あー、(小梅の解答)「突っ込みようのない奴にはそうしても仕方がない」というのは、つまり…殺したいということでしょうか。
小梅 はい。
池田一 えー…
小梅 素で。(辰弥に)うなずいてんじゃない!(ピコッ)。
辰弥 え?
小梅 「え?」じゃない!
辰弥 何て言うか…わかります。
小梅 わかるな!お前がわかるな!もういいです。
池田一 はい。じゃあ最後、一番美味しいところにいきましょうか。
辰弥 いや、美味しくないですよあんまり。
池田一 美味しくないですか。
辰弥 コロス。(群唱隊、古代ギリシャ演劇以来の伝統、英語のコーラスの語源、のコロスの絵)
池田一 …次の質問に行きましょうか。えー、次の質問です。次の質問はかなり重要です。心して答えてください。えー、もう世紀末ではございますが、あ、その前に、第2の質問(タッタカター)!
小梅 日本へ帰りたいかー。
久野春代 おー。
辰弥 ここ日本ですよ。

(が、最早ピコハンすら出ない)

池田一 えー、それでは、さっきの続きですけれども、次の世紀がもうすぐやってきますので、次の世紀の予想をしてもらいます。次の世紀に、どんなものがはやるか。書いてください。

(BGM、日本テレビスポーツ中継のテーマ)

池田一 久野さんどうしたんですか。
久野 「ゴロゴロして答えろ」って言ったじゃん。
池田一 それはどういうことですか。
久野 …いや、「心して答えろ」って言ったじゃん…
池田一 すいません。…よどんでるな。…なんか淀んでるんで書いた人から上げてもらおうか。ええと久野先生が書き終わりましたね。それでは。「性除去」ですか。…と読むんですかね、これは。
久野 ええ。
池田一 それは、つまり、もうちょっと具体的に説明してもらえませんでしょうか。
久野 性転換とかはSFでよくあるけど、除去するのが流行っちゃうんじゃないかな…男でも女でもなくなっちゃう。
池田一 ええー、それは、昔の宦官のようなものを想像すればよいのでしょうか。
久野 宦官だったら今でもできるけど、もうちょっとなんというか、スマートな。
池田一 スマートに麻酔をかけてスマートに手術するだけですか。内容的には同じ。
久野 やー、多分ね。
池田一 それは…つまりどういう意図で、って言うか
久野 わかる人にはわかるわ。
小梅 かっこいいとか。
久野 ううむ、わずらわしいというか、そういう感じでしょうか。
池田一 んー、まあ何といいますか。
久野 なんか死んじゃったな、空気が…
小梅 いじれません。でも面白い。
池田一 まあいいでしょう、次行きましょうか。ええと。(要蔵の死体の解答)「流行ると気に食わなくなるから恐らくわしの気に食わんものやろうな」と。要するにへそ曲がりということなんでしょうね。はい。なんかどんどん淀んでいきますが次行きましょうか。
辰弥 父さんみたいになりたくない!
小梅 (辰弥に)立つな。
池田一 えーと。そいじゃあ春代さん行きましょうか。ええ「こういう人がまた出てくる」(演説するヒトラー風の人物の絵が添えてある。マークは鉤十字ではなく猫の足跡)
春代 でてくるわよ。
池田一 出てきますか。
春代 でてきます。
池田一 何か根拠はありますか。
春代 あと一歩の人はたくさんいるのよ。
池田一 そうですか。
春代 石原慎太郎とか小泉純一郎とか。
池田一 もうちょい。
久野 ニャンコ党?これは。全てのニャンコに…
春代 社会主義労働ニャンコ党。ニャチス。
小梅 誰がボケや。(ピコッ。判然としないが、辰弥が何かするか言うかしたらしい)
池田一 ええ、では、次行きましょうか。ええ、こっち…こっちかな。やっぱり。(小梅の解答)「ロボ家族」なんか夢がありますね。
小梅 レンタルなんたらでレンタル家族が出てきたでしょ。ロボペットとか。絶対来ますよ。
池田一 はあ。
小梅 機械のお姉さんとかお兄さんとか。
池田一 なんかアトムとかの世界ですね。
小梅 いじっていいんですよ。
辰弥 すごい幸せそうな感じですね…(小梅が刺さりそうな視線を辰弥に向ける)あっ、えーと…どきどきしてますね。
小梅 私がね。
池田一 はい辰弥さんです。皆さんお待ちかねです。
辰弥 「21エモン」あの、旅館とかみんな捜してるんですよ。
池田一 ええー、なんと言いますか、いや、はや。

(間)

春代 …一つだけ言っておきましょう、21世紀になるんだから、22エモンになるのよ。
辰弥 えっ?
春代 20世紀だから21エモンがはやるのよ。
辰弥 あっそうか。
春代 そうでしょう。
小梅 みんな納得したな…みんな納得したよ。
辰弥 ドラえもんが出てくるのは21世紀なんですよね。
辰弥 22世紀ですよ!(誇らしげ)
春代 …そんなことばっかり…
辰弥 2112年9月3日。
池田一 辰弥さん詳しいですね。最後の質問です。誰が一番怪しく思えますでしょうか。書いてください。どうぞ。

(草競馬)

池田一 案外みんな時間かかっているな。はいじゃあまあ一斉に上げてもらいましょうか。はいいきます。いっせいの、で、どうぞ。

(辰弥の答えは「池田一名探偵」。要蔵の死体の答えは自分を指して「見るからに怪しい」。その他の面々は「辰弥」)

池田一 はい。えー、辰弥さん。何と言いますか、私に何か恨みでもありますでしょうか…
辰弥 いや、あのう、一番、何と言うか、おどおどしてるって言うか。
春代 おーまーえーがーいーうーなー
池田一 ありがとうございます、私の代わりに言って頂いて。ええ、そういうわけでして、まあみなさん多数決で辰弥さんということに決まりました。あなたが犯人です。
辰弥 いや一人、少数意見は尊重しないんですか。
池田一 ええ、彼は死人です。そういうわけでして
辰弥 いや僕犯人じゃないですよ。知ってるでしょう。
池田一 今から彼がどのようにして殺人を犯したかについて、ええ、説明したいと思います。
小梅 そこまでわかるんですか。
辰弥 やってみてくださいよ。
池田一 しかしその前にですね、まずこの事件の発端となった、昔の事件について触れなければとならないと思います。
春代 まちなさい。
久野 それは関係無いな。
小梅 昔の事件は…
池田一 いえ、それが凄く関係しているのです。
春代 いいえ…いいえ、そんなことはありません…
辰弥 昔の事件って何ですか!?
春代 いいえ…いいえ、そんなことはありません…
池田一 それは、要蔵さんの、32人殺しの事件です。
小梅 関係ないでしょう、それは今回の事件とは。
辰弥 32人…32人も人を殺したんですか!?
久野 それは遡りすぎだ。あっ!
池田一 彼は、このようなものを…

(鉢巻を取り出して頭に巻く池田一)

春代 ああ、それは
久野 そこで…そこでやめておくんだ。
春代 それは…やめなさい…
小梅 あなた、それは!
春代 それ以上…
池田一 頭にはめまして…
小梅 あなた自分が何をやっているかわかっているんですか
池田一 いえ、ただのシュミレーションですよ。
久野 ただのシュミレーションじゃなくなるぞそれは。
池田一 そうしてですね。

(携帯電話を2本取り出す池田一)

小梅 ああ!
久野 わっ!
辰弥 何をしているんですか?
久野 何を用意しているんだよ。
小梅 それは、携帯!?
春代 いけません、それはいけません
池田一 携帯ですよ。これを頭に。

(鉢巻に2本の携帯電話を差す)

小梅 あーっ、2本も。
久野 電波を受けるぞ!
小梅 やめなさい!
春代 電波が…
辰弥 電波を受けますよ?
小梅 やめなさい、アレの祟りがきます。
池田一 祟りなんて来るわけないじゃないですか。
久野 やめろよ。
春代 来るのよ
池田一 祟りなんて無いですよ。
辰弥 池田一さん?

(電子音による、「きよしこの夜」。着信メロディである)

久野 着メロだーっ!!
小梅 あーっ
辰弥 この着メロって誰がかけてきてるんだ?
春代 アレよ。
久野 電波が
春代 アレの電波が
池田一 何だか凄く清らかな気分に…なってきました…
久野 ああっ、要蔵様が!(何故か池田一に日本刀を渡す要蔵の死体)わっ、来るな
池田一 清らかな気分だ…

(陶然とした池田一は、日本刀で久野・春代・小梅を次々に斬殺・刺殺する。残酷な芝居だなあ)

久野 わーっ、ぐあーっ

(着メロが途切れると我に返る池田一)

池田一 一体、何が起こったんだ!?
辰弥 池田一さん今…落ち着いて聞いて下さい。これを放してください。
池田一 今、何があったんですか?みんな死んでいる!これは!?
辰弥 落ちついて聞いて下さいね。
池田一 これは、一体、何が…
辰弥 あなたが…この…電波が鳴ったとたんに…

(ここで再び魔の着メロが鳴り始める。池田一は再びウットリと刀を構える)

池田一 清らかな気分だ。清らかな…
辰弥 ええっ?やっぱ清らか…ああっ!!

(辰弥を斬殺した池田一はフラフラ上手ソデに去る。後には死体だけが残った)
(重々しいピアノ曲とともに暗転)
(END)

おつかれさまでした。
まさかとは思いますがこれで読み合わせなどしないほうがいいですよ。

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