g第回やみいち行動、上演の記録

第9回やみいち行動   (2000 12/31 23:00〜ソワレ・年越し世紀越しスペシャル)
『八つ橋村』
登場人物

池田一平助……池田一平
多治見久弥……鬼豚馬
多治見春代……桶雅景
多治見小梅……故太郎
多治見小竹……ぬいぐるみ
久野医師………藤原康弘

住職……………鬼豚馬
薬屋……………鬼豚馬
あま……………鬼豚馬

多治見要蔵……鬼豚馬

夢の中の人々…鬼豚馬・桶雅景・故太郎・藤原康弘

(多治見辰弥役の桐山泰典はこの回には出演していない)

暗闇。おどろおどろしい音楽。
間の中に池囲一の姿が浮かび上がる。
池田一 こんばんは。池田一平助です…今日は、私が8年前に遭遇したあの恐ろしい事件について話さねばならないようです…… 思い出すだけでも忌まわしいあの名前…『八つ橋村』…しかしそれは何故か京都ではなく岡山県にあるのだ。しかも喋っているのは何故か皆標準語だ…… 紬かいことを今からくだくだ話すよりも、ビジュアルでご覧戴きましょう。

溶暗。

明転。舞台中央には久弥が椅子に坐っている。どうやら病気らしくぐったりとしている。
久弥の周りには春代と小梅、小竹、それに久野医師がいる。
久野 (ぼそぼそと、つぶやくように)どうですか久弥さんの様子は…
春代 いつもよりも低いような気がします…
小梅 久弥、弟の辰弥が帰って来るまで頑張るんですよ。
春代 そうよ兄さん。もうすぐ辰弥さんが帰ってきて…あとをついでくださいますから…
久野 財産の譲渡の書類が…それにサインされるまでは生き延びて貰わなければ困るんでしょう…私も全力を尽くしますよ。
小梅 お願いしますよ、久野先生。
久野 それじゃ電圧を計りましょう。(鞄の中からテスターを取り出す。)

久野医師、久弥の電圧を計る。

久野 低いですね…
春代 低いでしょう…
小梅 おやおや。
久野 注射をしましょう。(注射器を取り出す。)
春代 兄さん、注射よ…あばれてはいけないわ…

久野医師、水道の蛇口から注射器に水を人れ、それを久弥のロヘと注入する。

小梅 ああ、これで大丈夫じや。
久野 (テスターて電圧をみて)補給しておきましょう。
小梅 ああ…補給か…補給じゃ…
久野 電圧を補給するんです。

久野医師、大量の電池を取り出し、それを久弥の口の中に入れる。そしてその上からガムテープを張りつけて封をする。

小梅 ああ…これでいい…
久野 これでかなり良くなってる筈なんですが。

久野医師、再びテスターて電圧を計る。

久野 大変です。様態がどんどん悪化しています。
春代 大変だわ。
小梅 久弥、辰弥が帰ってくるまて頑張るんですよ…お前はこの多治見家の当主、しっかりしてもらわないと…
久野 ちょっと、精神的な治療を試みましょう。

久野医師、久弥の頭にスーパーのピニール袋をかぷせる。

久野 久弥さんには、気を強く持って貫わなけれぱなりません。

久野医師、ビニール袋をガムテープで固定し、更にその上に黒いガムテープを組く切って貼り、にこにこ顔を作る。(ビニール袋は通気性が悪い為、久弥が呼吸する度に膨らんだり縮んだりする。)

小梅 おお、久弥の表情が元に戻った…久弥、こっちを向いてごらん…笑ちょる…笑ちょるぞ…
久野 顔もふっくらとして。
小梅 あ、ヘこんだ…膨らんだ…
久野 これでかなり良くなってる筈なんですが、(電圧を診る)薬を投与して下さい
小梅 ああ…薬ですか…
久野 いつもの五倍量を投与してください。
小梅 小竹さん、久弥に薬をあげましょう。いつもと同じ薬を…(ぬいぐるみの腹についているチャックを開け、薬を取り出す。その間に春代は久弥の頭に被せられたビニール袋とガムテープの目の部分を破り、電池を取り出す。久弥は口をぱくぱくさせている。)金魚みたいだね…ささ… 久弥、薬ですよ…(丸薬を口に入れる。)ふたつ…みっつ…よっつ…… 先生、ちゃんと薬をあげときましたよ。
久野 これで我々に出来る手は全て打ちました。後は久弥さん本人の治癒能力に任せるしかありません。
小梅 久弥…

久弥、苦しむ。

春代 様子が…、兄さんの様子が…
小梅 久弥、どうしたあ…
久弥 むむむ…(苦しむ)
久野 今、久弥さんは病魔と闘っているのです。
春代 頑張って兄さん。
久野 ここ一、二分がヤマでしょう。
春代 それは凄く正確な見立てだわ。
久弥 むむむ…(苦しむ)
春代 兄さん…

久弥、苦しみながら小さな笛を取り出し、曲(『フニクリ・フニクラ』)を吹く。吹き終わると倒れる。
小梅 久弥…
春代 兄さん…

小梅 久弥!!

春代 兄さん!!
小梅 久弥!!
久野  (脈を診て)皆さん、全て打てる手は打ったのですが…残念ながら…御臨終です。

暗転。衝撃の効果音。同時に全員自分の顔を下から懐中電灯で照らす。

明転。

小梅 ひいさあやああああ!!

突然池田一が駆け込んでくる。

池田一  しまった!間に合わなかったか。
久野 ちょっとあんた何だい一体。今こっちは取り込んでるんだ。出ていってくれ。
池田一  いえ、私はてすね、探偵の池田一という者です。
久野 ・春代 たんてい?
池田一  池田一、平助といいます。
久野 探偵なんて呼んでないよ。
池田一  いや、実はですね、そこに… もう、お亡くなりになってしまったようですが…久弥さんに呼ばれて来たのですが…
春代 兄さんが探債を…
池田一 まさか、こんな事になっていようとは…
久野 久弥さんが探慎を呼ぶ理由なんて何処にあるんだ。いいかげん…
池田一  実はですね、いいですか、久弥さんは…怪しい文書を受け取っておられたのです。
春代 怪しい文書?
池田一 ええ。
春代 お前のアレしてる姿をアレした写真が…、アレとかそうゆう…
池田一  そういう怪しさではなく、つまりですね、怪文書です。
春代 カイブンショって言うと、竹薮焼けたとかそういう
池田一  カイブンが違います。……とにかくですね、まずはその内容をご覧戴きましょgう。どうぞ。

暗転し、スライドが投影される。
  『多治見辰弥は』
  (桐山の顔写真)
  『この村に帰るな』
  『あの惨劇を』
  『忘れたのか』

 スライドタイトル『第9回やみいち行動』(少しずつ音楽が始まる。)
  『池田一平助の傑作推理〜その2〜』
  『八つ橋村』
  (「たたりじゃー」猫ちゃん)

 以下、イメージスライド。頭に携帯電話を二本差した男が、八つ橋からの電波を受けて村人を襲う様子。(この間、役者は各自楽器を持ち、生演奏をしている。)

  『これで明転』
明転。

池田一  というような怪文書でした。
久野 スライドで届いたんですか?
池田一  いや、怪文書は文書で届いたんです。スライドはそれをスライド化したものです。
久野 ひまだねえ。
池田一  いや、私がやったんじゃなくて…まあ、それは置いといてですね、とにかくこういう怪文書が届いたかぎり、この事件は殺人事件の疑いがあります。
久野 何を言っているんだよ、久弥さんは肺病で死んだんだよ。
春代 そうよ兄さんはずっと病気だったのよ。
池田一  詳しい事は調べれば分かるてしょう。
小梅 ちょっと待ちなさい探偵さん。じゃ何かい。この中に犯人がいるとでも言いたいのかい?
池田一  その可能性が有ることは否めません。
小梅 馬鹿馬鹿しい。
池田一  とにかく、皆さん一人ずつ少し、お話を聞かせてもらえませんか。
春代 貴方に話すような事などありませんよ。
池田一  …まあ、そういわれても困るんですが、…伺ってみれば何か出てくるかもしれないじゃないですか。
小梅 何を馬鹿なことを…
久野 何も出てきやしませんよ。
池田一  みなさん、失礼ですが、お名前を教えていただけませんか。
久野 この家の担当医をしている久野です。
春代 多治見春代です。
小梅 春代や久弥の大叔母にあたる、私が双子の小梅、そしてこちらが小竹さんです(ぬいぐるみを紹介する)。
池田一  ……。
久野 さあ誰から話を間きたいんだ、。
池田一  ああ、それでは、ええ、久野先生からお話を伺いましょう。
久野 私からかい。
小梅 久野からかい、私達はどうしたらいいんだい?
池田一  申し訳ありませんが、久野先生の話が終わるまて、どこか他の所に行っていてもらえませんか。
小梅 いいでしょう、いいでしょう、何処になりと行きましょ…さ、春代さん、久弥を奥に連れていくよ。
春代 動かすわよ兄さん。
小梅 可哀そうにねえ…

春代と小梅、久弥の死体を引きずって退場。池田一と久野が残る。

久野 さあ、なんなりと聞いとくれ。
池田一 それじゃあ、話を伺いましょう。……まずですね、あなたは被害者の担当医だった。…死因についてどう思われます?
久野 さっきも言ったでしょう、肺病ですよ。久弥さんは六年前から肺を病んでおられたんだ。もういつ死んでもおかしくないぐらい悪化していましたよ。
池田一  そうですか…どうもしかし、今私がちらっと見たところ毒殺のような感じを受けたんですが…
久野 馬鹿な事を…。
池田一  被害者が一番最後に口に入れたものについて、言ってもらえませんか。
久野 薬ですよ。私の調合した薬です。内容は炭酸グアヤコールにチョコールと重曹を配合した物です。…息の通りを良くするんですよ、肺病ですからね。
池田一  まあ、専門的な事はよく分かりませんが、その薬は…、あなたが処方して…
久野 そうですよ。
池田一  誰が飲ませていました?
久野 小竹さんか小梅さんですよ。私はそっくりすぎてどっちがどっちか分かりませんがね。
池田一  管理していたのは?
久野 小竹さんか小梅さんのお腹の中に入ってましたよ。
池田一  ……まあいいでしょう、なるほど……(考えて)質問を変えます。被害者についてですが。
久野 ああ。
池田一  被害者を、恨んでいたり、妬んでいたり…そういう人物に心当たりはありませんか?
久野 そりやあ、あんた、両山県一の金持ちで、性格も悪かったんだ、恨んだりする人間がいないほうがおかしいよ。…いいかい、あんたね、この家の財産が本当はどれくらい有るか知っているのかい?
池田一  どれくらい…
久野 教えて欲しいだろ、これだよ。(手の平をひろげ)…五じゃないぞ、五十だ。五十億だ!
池田一  五十億?
久野 五十億ヘクトパスカルだ。
池田一  …それはいったいどれくらいの…
久野 いいか、この多治見の家の人間はなあ、代々その財産の重圧に耐えきれずに、気がおかしくなってしまうんだ。そのくらいの金額だよ。
池田一  はあ…
久野 私に、その百分の一でも財産があったなら、こんな田舎医者なんかやってないで、…夢の、ワールドコサックダンスセンターの設立…あ。(しまった、という感じで黙る)

池田一  コサックダンス?
久野 いいえ、それだけの財産があったら、こんな風に白衣をガムテープで補修しなくてもいいって言ってるんだ。
池田一  はあ、まあ確かに羨ましい話ですね…、なるほど…とにかく金持ちで色々…
久野 もう私の質問は終わりかい?
池田一 いえいえ、まだまだ色々聞きたいことはあるんですが、…例えばあの怪文書のことについてもですね、
久野 怪文書ねえ。
池田一  ええ、ここで昔何か起こったそうしやないですか。
久野 なにかじゃ分からないよ。
池田一  いや、何か、惨劇というか。
久野 三劇は新町だよ。
池田一  …。

池田一  何のことを言っているのかよく分かりませんが、何か恐ろしいことが起こったという…知りませんかね。
久野 しらないねえ。
池田一  例えばあの八つ橋のマークについてだけで
久野 ううっっ。(何か必死でこらえてる様子)…あんた、今、何て言った?
池田一  ですから怪文書に八つ橋の
久野 (興奮している)その、「や」で始まる言葉を、この村で口にしてはならない!…一それを口にすると死人が出るんだ。
池田一  ?やつはし…ですか?
久野 もう言うな。…どれだけ恐ろしい事が起こるか、今からその一端を見せてやる…スティーブ紫君!やってしまいたまえ。

久野、ピンポン王を半分に切ったものを眼にはめる。

久野 (甲高い声で)ワア、ボクハスティーブ紫ダ。コノ、探偵サンヲヤッツケルゾォォ!

久野、怪しげな液体の入ったコップで池田一を攻撃する。

久野 エイ!コレデアビセテホシイダロウ。(元に戻り)…どうだね、私のスタンドの威カは。
池田一  いや、どうって言われても…
久野 これ以上分からないなら、分からないままにしておくことだ。
池田一  いやあの…
久野 それ以上首を突っ込んだら本当に命が危うくなるぞ。
池田一  いやしかしですね
久野 わたしのスティーブ紫君はまだ優しいんだ。
池田一  いやしかしですね、その、……どこかお悪いんですか?
久野 悪くないよ。医者だからね。
池田一  いや、ええ、…つまりさっき八つ橋と言ったとたん……
久野 もう許してやるよ。今も言ったけど許してやるが、今度からその名前を口にしたら…
池田一  八つ…
久野 それだよ。
池田一  いやしかしですね、それはただのお菓子の名前じゃないですか。
久野 そう思うかい?おめでたいね。
池田一  は?違うんですか?
久野 そのうち分かるが、分からない方が幸せだよきっと。
池田一  しかしですね、そもそもこの村の名前が……
久野 馬鹿言うんじやないよ、この村は『八つぼし村』だよ。ミシュランにだって載ってるよ。……私はもうスタンドを出したので疲れ果ててしまった。春代さんを呼んできてやるよ。

久野去る。
春代、来る。黒い棒状のものを杖のようにして歩いている。

春代 どうぞ。
池田一  どうも。
春代 私の番ですのね…
池田一  はあ…それでは、話を伺いましょう。

池田一  足が、お悪いんですか?
春代 いいえ。
池田一  いえ、何か、杖をついてらっしやるので…
春代 あなた、それは何?(池田一がぶら下げているピアニカを指す。)
池田一  それというのは?
春代 それよ。
池田一  これ。
春代 ええ。
池田一  ピアニカですが。
春代 どこか、お悪いの?

池田一  いえ、悪くないですよ。
春代 同じことじゃないですか。

池田一  いや、杖とピアニカは違います。
春代 なにかして欲しいの?
池田一  いえ…
春代 削岩機。(杖を削岩機のように持ち、がたがたする。)

池田一  いや、別にそういう事をしてほしい訳ではなく…
春代 ご満足?
池田一  いやあの、まあいいですあの
春代 (杖を振り、下に落ちている電池をころがす。)どうお?

池田一  何ですかそれは。
春代 パターよ。

池田一  いやあの、別にそういう事をやって欲しいと言ってる訳ではなくてですね、
春代 でしょうね。
池田一  あのですね、事件の話をお伺いしたいんですけど。
春代 はい。
池田一  よろしいですか。
春代 どうぞ。
池田一  まずですね、被害者の事についてなんですが、貴方は被害者の妹さんだった訳ですよね。
春代 そうです。
池田一  被害者は、誰かに恨まれていたんじゃないですか?
春代 ええ…だって、この辺りで一番のお金持ちなんですもの…恨まれるなと言う方が無理でしょう。
池田一  はあ、随分お金をお持ちだと聞きましたが…
春代 久野先生も兄さんから随分借金していられたようです。
池田一  ほう。それは…失礼ですが、どれくらい?
春代 そんな、殺す気になるような額じゃありません…
池田一  いえ出来れば
春代 三千万へクトパスカル位です。
池田一  ええ…それは一体どれくらい…
春代 屋根が吹き飛ぶくらいです。
池田一  はあ、…とにかく、多額を借金しておられたということですね。…なるほど。他には心当たりはありませんか?
春代 …まさか、殺すほど恨んでる人は…兄さんを殺したって何の得にもならないわ…だって財産は全部辰弥さんが継いでくださるんだもの。
池田一  辰弥さんと言いますと?
春代 辰弥さんは、私や兄さんとは腹違いの弟にあたる方です。兄さんが、体が弱いから後を継いでもらうために帰ってきてもらう事になっていたんです。
池田一  事になっていたといいますと…
春代 まだ、帰っていないんです。本当はもう着いていてもいい頃なのですけれど…
池田一  はあ、そうですか。此処にはおられないというわけですね。…質問を変えましょう。どうも先程から、久野先生の様子がおかしくなったり、妙な感じなんですが、この村には何かあるんですか?
春代 なにって…何ですの?
池田一  いえ、ですからですね、先程も、久野先生が八つ橋と言っただけでですね、その、急におかしくなったり…
春代 (刀を抜いて構えている。仕込み杖だったのである)言い残すことは?
池田一  ……。
春代 無いのね。(切りかかる。)
池田一  (かわして)え、ちょ…、そ、それは、どういうことです?
春代 貴方は言ってはいけないことを言いました。だから死んでもらうのです。
池田一  言ってはいけないこと…
春代 何度も言うのてすか?何度も殺しますよ。
池田一  いや、それはつまり八つ橋のことですか?
春代 それよ。
池田一  ただの、お菓子の名前のように思えるのですが。
春代 ただのお菓子てすって?それは見かけだけではありませんか。
池田一  え、じやあ、中身は違うんですか?
春代 中身はあんこでしょう!
池田一  いや、それは
春代 それとも何、カシューナッツでも入ってるって言うの?
池田一  いや、それはそうなんですが、…あんこだったらいいじゃないですか。
春代 駄目よ。
池田一  駄目なんですか。
春代 だって、電波が出るじやありませんか。
池田一  あんこから?
春代 全体からよ!…何故そう物分かりが悪いのかしら、それともわざとやってらっしやるの?
池田一  全然分からないんですけど
春代 あれは恐ろしいものよ…あれからは電波が出て、そう、呼びかけるのです。
池田一  呼びかける…
春代 そしてそれに応えると、貴方の…脳が、あれに、虜にされることになりますよ…それが、全ての…始まりなんです。
池田一  始まり。
春代 ですから、呼びかけられても、応えてはいけない…勿論、食べたり、買ったりしてもいけません…見ても死ぬんです。
池田一  見ても?
春代 見ても死にます。
池田一  しかし、そんなことを言ったら、京都の人は皆死んでしまいますよ。
春代 …そのうち死ぬわよ。
池田一  いや、それは、皆そのうち死ぬでしょうけど…いまいちよく分からないんですけど。
春代 どうしてそんなに物分かりがわるいの…分かりました、こうしましょう。貴方がそれのことを考えるたびに一人ずつ…

春代、懐から銃を出し、客席に向けて撃つ。

池田一  え!?何ですか。
春代 そのうち分かるでしょう…私から言えるのはこれだけです。いいですか、これは脅してはありません。一人ずつ殺すと言ったら殺しますから…

春代、去る。ほぼ同時に小梅、来る

小梅 ひとつ、質問していいかしら。
池田一  はあ。
小梅 町を歩いていて、赤の他人を別れた彼女と見間違えたことは無い?
池田一  …いえ、無いです。
小梅 ズワイガニはお好き?
池田一  いえ、特に。
小梅 どういう関係が有るの?
池田一  何がですか。
小梅 あなた何を言ってるの?
池田一  は?
小梅 誰と喋ってるの?
池田一  いえ、あなたと。
小梅 私は誰と喋ってるの?
池田一  私は池田一ですけど一あの、大丈夫ですか。
小梅 お早うございます。
池田一  いやあの、夜ですけど。
小梅 まただわ、時々あるの。…心の中から声が聞こえる。
池田一  はあ。
小梅 多重人格って奴よ。
池田一  はあ。
小梅 嘘よ。
池田一  ええと…、
小梅 からかってたの。(池田一と握手する。)
池田一  はあ。御冗談がお好きなんですね。
小梅 たいして好きじゃありませんよ。さ、聞くことかあったら早く聞いてください。小竹さんも小梅さんも忙しい人ですよ。
池田一  はあ。

小梅、ぬいぐるみを自分の上下左右に素早く動かす。

小梅 どっちだ?
池田一  何が?
小梅 小竹さんはどっちだ?
池田一  ええ…
小梅 3……、2……、
池田一  そっち。(左を指す。正解である。)
小梅 (自分が左に動き)ブウウゥゥゥ!…あたしゃ小梅てすよ。こちらが小竹さん。
池田一  あの、まあ、冗談はいいんてすけどね…
小梅 冗談。何が冗談です。
池田一  いえ、ですから、ぬいぐるみも
小梅 !ぬいぐるみ!!

小梅、横から雪ダルマ型のピコピコハンマーを取り出してきて、ぬいぐるみと並べる。

小梅 どっちがぬいぐるみだ?
池田一  いや、そのですね、どちらかと言えばこっちがぬいぐるみになると思うんですけど
小梅 あなた、何を判断してぬいぐるみって言ってるの?
池田一  いえ、ですから、その、フカフカした所とか。
小梅 フカフカしていたらぬいぐるみなんですか。
池田一  いや普通、ぬいぐるみはフカフカしてるでしょう。
小梅 じゃあ、ジョーズはぬいぐるみなのね!
池田一  それはフカが違いま…
小梅 じやあ、ぬいぐるみVまてあるのね!
池田一  いや、その
小梅 あアアアアアアア!!!!!って、あれはぬいぐるみなのね!
池田一  そうではなくてですね、
小梅 じゃあ何なんですか。
池田一  ですから、その、大きさとかですね
小梅 大きさ!!…あなた人を大きさで判断するの?
池田一  いや、ですからですね、その、ぬいぐるみはどんなのかって言われるから、そういう風に一つ一つこう
小梅 これは小竹さんしやないてすか!あなた先刻見分けが出来なかったでしょ。じゃあたしはぬいぐるみなんですか?あなたはぬいぐるみと喋ってるんですか?
池田一  違いますよ。あなたは人間ですよ。だから、手に持ってるのがぬいぐるみだなって…
小梅 手に持ったらぬいぐるみなのね!(池囲一を掴み)あなたぬいぐるみね。(猫賛で声で)さあいらっしやい、いらっしやい、(池田一を招き)ヨシコ、早くいらっしやい。おおよしよし、そんな物ブラ下げて…突っ込みなさいよ
池田一  とりあえずあの、ぬいぐるみが何でヨシコなんてすか?
小梅 (突然顔を伏せ、しくしく泣き出す)
池田一  (心配して覗き込む)
小梅 ダーン!(池田一の顔を小突く。)

池田一  ……あのですねえ。事件の話を伺いたいんですけど。
小梅 早く聞きなさいよ。
池田一  ……いいですか。
小梅 はい。
池田一  ええ、そうですね、…ここで昔、何か起こったということを知りませんかね?何か、恐ろしいことが。
小梅 何も起こってませんよ。その昔三十二人、わが家から殺した犯人が…(ハッとして)今のは忘れて下さい。
池田一  犯人が?
小梅 いえいえ誰も人は殺してませんし、三十二人バッサバッサ(身振り手振りをまじえ)バーン、ウアア…、ヴアア…、
池田一  あの、一体それは

春代が出てきて、銃を池田一に突きつける。

小梅 どうしました春代さん?
春代 お葬式の準備が出来ました
小梅 ああ、そうですか、そうでしたね。…今から久弥の葬儀を始めます。
池田一  ああ、それでは少し……(去ろうとする)
小梅 池囲一さんも出席してください。
池田一  いえ私は部外者ですから。
小梅 あなたも依頼者が殺されたんですよ、出席するのは当然でしょう。ささ……こちらへどうそ、まもなく住職が来ますから。
池田一  (仕方無く)はあ…

全員並んで正座する。そこへ住職が来る。白い布をタイ仏教の僧侶風に巻き付け、眼鏡の横にねこちゃんぬいぐるみをぶら下げている。

小梅 ああ、住職。これは忙しいところを申し訳ございません。
住職 この度はどうも御愁傷様です。
春代 ……住職、宗派が変わられたのですか?
住職 いえいえ、これは修行の成果です。
春代 それはどういう?
住職 (ねこちゃんを示し)こういう。
春代 有難うございます。
小梅 ではお願いしますよ。

住職のお経が始まる。

住職 あ〜きょ〜〜お〜〜は〜〜ま〜た〜す〜こ〜し〜やくにぃ〜〜〜あまりたたない〜〜〜おは〜な〜し〜を〜い〜た〜し〜ま〜すぅぅ〜〜…ね〜ん〜ま〜つ〜ね〜ん〜し〜で〜み〜な〜さ〜ん〜お〜さ〜け〜を〜た〜し〜な〜む〜こ〜と〜が〜お〜お〜い〜か〜と〜お〜も〜い〜ま〜す〜が〜…お〜さ〜け〜が〜お〜な〜か〜の〜な〜か〜で〜ぶ〜ん〜か〜い〜さ〜れ〜て〜で〜き〜るあ〜せ〜と〜あ〜る〜で〜ひ〜ど〜と〜が〜そ〜り〜ん〜を〜く〜ら〜べ〜る〜とど〜ち〜ら〜の〜ほ〜う〜が〜よ〜り〜き〜け〜ん〜か〜ご〜ぞ〜ん〜じ〜で〜す〜か〜…
(この辺りからお経のスピードが加速する。)
し〜ょ〜う〜ぼ〜う〜ほ〜う〜じ〜ょ〜う〜き〜け〜ん〜ぶ〜つ〜の〜ぶ〜ん〜る〜い〜で〜い〜く〜と〜あ〜せ〜と〜あ〜る〜で〜ひ〜ど〜は〜だ〜い〜よ〜ん〜る〜い〜き〜け〜ん〜ぶ〜つ〜と〜く〜し〜ゅ〜い〜ん〜か〜ぶ〜つ〜が〜そ〜り〜ん〜は〜だ〜い〜い〜ち〜せ〜き〜ゆ〜る〜い〜と〜な〜っ〜て〜お〜り〜あ〜せ〜と〜あ〜る〜で〜ひ〜ど〜の〜ほ〜う〜が〜き〜け〜ん〜で〜す〜ぅぅぅ〜〜…み〜な〜さ〜ん〜お〜さ〜け〜を〜の〜む〜と〜き〜は…そ〜ん〜な〜こ〜と〜も〜ち〜ょ…〜っ〜と〜だ〜け〜き〜に〜と〜め〜て〜お〜い〜て〜く〜〜だ〜〜さ〜〜い〜〜…

小梅 (感動して)有り難うございました!ありがたいお経を上げて頂いて、久弥も浮かばれることでしょう。…じゃ、春代さん。
春代 お斎ですわね。
小梅 お斎の準備をしましょうか。さ、池田一さんも手伝って下さい。
久野 今日はこんなに久弥さんの葬儀に参列なされているので、人手が足りないんですよ。(客席を示す)
小梅 あらまあ本当だわ。沢山の人ね。

皆で蕎麦を作り始める。つまり、大晦日(公演当日)にお客さんに蕎麦を食べてもらおうという趣旨である。丁度その時pm11:30頃になるように調整した。
舞台上手には、あらかじめ調理用スペースが用意されていて、ダシは作ってあり、湯も沸いている。
つまり、蕎麦を茹でて、盛りつけて、客に配るという作業を全貫で分担して行う。以下の会話は作業をしながら。

春代 退屈そうだからシリトリとかしましょうか。…いきますよ―『なまず。』
小梅 池田一さんですよ。
池田一  ず、『ずこう』
小梅 う、『うさぎ』
住職 ぎ、『ぎり』
久野 『りか』
春代 か、か、『かにたま』
池田一  ま、『まりつき』
小梅 き、『きりやま』
春代 おばさま、それ、駄目よ。
小梅 駄目なのかい?
春代 だって、思い出してしまうじやありませんか。
小梅 うー
春代 違う『き』にして下さい。
小梅 …『きつつき』
住職 き、『きりやま』
春代 なんて良く分かってらっしやるの……もういいことにします。久野先生、『ま』ですよ。
久野 『まんざい』
春代 い、い、『いーはとーぶ』
池田一  ぶ、『ぶたじる』
小梅 …『るぱんさんせい』
久野 カウントダウンに間に合うように出さなきや…
住職 『いき』
春代 先生、『き』ですよ。
久野 き、『きおすく』
春代 く、『くるしみ』
池田一  み、『みそ』
小梅 そ、『そらみみ』
住職 み、『みじめ』
久野 『めかじき』
春代 き、『きりやまのりょうり』
池田一  り、り…
小梅 誰でしたっけ
池田一  ああ、私です。
春代 池田一さんよ。
小梅 生まれて始めてだよお蕎麦作りながらシリトリするのは…
春代 私、片目で蕎麦茄でるのも始めてだわ。(春代は左目に眼帯をしている)
池田一  『りょうりばんぐみ』
小梅 …あ、わたし?…み、『みなげ』
住職 あっ、ゆってはならなそうな事を思いついてしまった。
春代 言ってごらんなさい。あえて言ってごらんなさい。
住職 いやあ、ちょっと、こう、何か口にするときに
春代 お好み焼きじゃないからいいじゃありませんか。
住職 いやあ…
春代 いや?
住職 ちょっと、だから変えて、『げどう』
小梅 ちょっと変わったね。
春代 そっちの方が面白いかもね。一久野先生、『う』ですよ。
久野 あ私か。う…『うくらいな』
春代 な、な、『なぼこふ』
池田一  ふ、『ふかひれ』
小梅 れ、『れんぎょう』
住職 『うなぎ』
小梅 春代さん。
春代 あら、あたし?
小梅 いつまでシリトリは続くのでしょうか…
池田一  ところで、お蕎麦はまだまだいるのでしょうか?
久野 そこの、食器が
小梅 後どれくらい作ったらいいの?
久野 食器が無くなるまで。
春代 見えないわ…作るのね?
久野 まあいいけど…最後の最後までは行き渡らないとおもうから…いけるか。
春代 全員分あるのかしらね。
小梅 レッツゴー。
春代 いきますか。

中略。「ネギがなくなった」とか、ごちゃごちゃした会話。

池田一  シリトリはどうなったんでしょうか?
春代 シリトリ何だったかしら?私だったと思うわ…あ違う久野先生だ。『れんぎょう』で終わったんじゃなかった?
住職 いや、『うなぎ』…それどころじゃないみたい。
春代 配布中ですわよ。
池田一  じゃ、飛ばしで言って行っていいんじやないでしょうか。
春代 ぎ?『ぎれん・ざび』
池田一  び、び、『びんぼう』
春代 ストレートで面白いわ。
小梅 う?『うしわかまる』
住職 る、るー…『るけいしゆう』
久野 『うみのくるしみ』
池田一  もし何だったらお客さんにも参加してもらってもいいような気がするんだけども。
春代 一周するの大変よ。
小梅 一周できないと思いますよ。
春代 お蕎麦、お蕎麦、あとどれくらい要るのかしら。

中略。お客全員の蕎麦を作って、配り終わる。役者は元の位置に座り直す。

小梅 お待ち遠さま。(蕎麦を持ってくる。)
春代 小梅さま、ちょっと待って…
小梅 どうしました?
春代 池田一先生に少しお聞きしようと思って…
池田一  何でしょうか。
春代 味が濃いのはお好きかしら。
池田一  はあ。
春代 良かった。
池田一  え?

春代、小瓶に入った怪しげな液体を蕎麦に投入する。

池田一  あの、それは…
春代 (にっこりとして)みりんよ。
池田一  みりん、ですか。
春代 みりんよ。
池田一  しかし、その瓶は一体…
春代 みりんよ。(にっこり)
小梅 ささ、…じゃ、池田一さん用も出来たことだから。
春代 あらためて。
小梅 配りましょうか。
池田一  あの、一体…
久野 お箸は?
春代 お箸、配るわ。

春代は箸を配り、小梅が蕎麦を配る。池田一の前に来たときお盆の上には2つの椀が乗っている。

小梅 どうぞ…(片方の碗をあからさまに薦める)早くして下さい、のびちゃいます
池田一  ええ…(ためらう)
小梅 どうぞ…
池田一  (突然遠くを指し)あ、あんな所にピンクの鹿が!!

皆がそっちを見ている障に池田一、碗を取り替える。

久野 いませんよ。
春代 そんな、いるわけないじゃない…
小梅 あたし、見えました。

小梅 恐ろしい…
春代 叔母様、シンクロしすぎよ。

小梅 皆さん、いき渡りましたか?
久野 では、ズダダッと、吸い…
春代 池田一先生も必ず食べてくださいね。
池田一  はあ…

皆、蕎麦を食べる。

春代 先生、よく熱くなかったわね。(久野はほとんど一気に食べた。)
久野 熱かったよお
春代 先生偉い。
小梅 (タップして)ぎぶ。
久野 そんな物をお客さんにお出ししていたのですか?
小梅 熱かった…
春代 普通においしかったですよ。
住職 (汁を啜り終わり)はあ。…もう回収?

皆、客席の碗を回収する。

この時点でpm11:55。客席で携帯のアラームが鳴り出す。(最初の客入れの時点で何人かのお客さんに頼み、0時5分前と1分前に鳴るようにセットしてもらった。)

春代 あっ、5分前、5分前ですよ。
住職 このアラームは、また趣のある…(チャルメラのメロディーだった。)
久野 しかし5分前はちょっと早いですね。
春代 ちょっと飽きるわね。
久野 では、今は亡き久弥さんに対する弔辞でも…
春代 ああ、弔辞ですか。

皆、元の位置に座る。

小梅 では、久野先生から。
久野 久弥さん、あなたと私が一緒にシベリヤで、チキンラーメンを食べたとき、あなたは…涙に眼が霞んでこれ以上喋れません。
小梅 有難うございます一では、春代。
春代 兄さん、人間は何才になっても、角は生えてこないのよ。みんな兄さんの事を思って黙っていたけど、人間は何才になっても、角は生えてこないのよ。鹿の体をくれる惑星に行く列車なんかないのよ。
小梅 有難うよ…じゃ、私先に…久弥、私にも見えましたよ、ピンクの鹿。(池田一に)何か一言…
池田一  えー、あまり、お話も出来ませんでしたが、えー、そうですね、私に依頼された人はたいがい死んじやうことが多いんで、…まことに、お気の毒だと思います。
春代 本当ね。
小梅 有難うございます。じゃ、往職。
住職 もうあまり時間がない…それでは一度、照明を落としてもらえますか。

暗転する。住職の持っている数珠(夜光塗科を練り込んで作ってある)が光っている。

住職 見えるかなあ。どうです?

明転。

住職 以上です。

小梅 有難うございます。…ではでは。
久野 (時計を見て)さあ、57分55秒
春代 あ、後3分もあるじゃないてすか。
久野 あと2分。さあ
小梅 (ハッスルする)
久野 さあ、皆さん、新しい世紀は一体どんな世紀にする、気持ちかな?
春代 新世紀だけに…順番に回しましょうか。
久野  わしから?

住職 (ラジオをいじっている。)
池田一  (住職に)何ですか?
住職 (ラジオを聞いている)かなり奥床しい事をやっている…
春代 まあ、新世紀ですからね…
住職 まあいいや。(ラジオのボリュウムを上げる)
 

ラジオ 『天台宗を開いた最澄は―』

住職 (切る)まあまあまあまあ。
 

小梅 後、どれくらいですか?
久野 あと、58、59、…

客席で携帯のアラームが鳴る。

春代 あ、これ1分前。
小梅 (ハッスルする)
久野 さあ、それでは皆さん、あ、クラッカー、クラッカー!
春代 クラッカー!クラッカー!

客席に(お菓子の)クラッカーを配る。

久野 クラッカーでございます。
住職 ええ、ばりばりと元気良く。
小梅 あ、もう無いですよ。
久野 駄洒落なんだからそんなに一生懸命配らなくても…
春代 そうか、そうね。

久野 45、46、47、48、…
小梅 (ハッスルする)
春代 いいですか、お客さん!
久野 53、54、55、56、3!、2!、1!
全員・客席も ダーー!!(片腕を上げる)

(ここで自然と拍手がわきました。当日参加してくれたお客さん、有り難う。)

一段落して。

小梅 いやあ…
久野  ちょ、ちょっと待って、住職の様子が、
住職 (苦しんで)うう…
春代 住職どうしたの?…兄さんの時と一緒ですよ。
池田一  これは…

住職、久弥と同じく笛を取り出し、『フニクリ・フニクラ』をひとしきり吹いて、倒れる。

小梅 住職!
池田一  (調べて)皆さん、死んでいます。

暗転。池田一が衝撃の効果音をピアニカで吹く。他の役者は全員懐中電灯で自分の顔を下から照らす。

小梅 住職!!
池田一  なんてことだ!!
久野 池田一さんが来てから2人目の死者だ。
春代 まあ。
小梅 あああ、なんてことだ!
久野 とりあえず、遣体を奥に運びましょう。
春代 そうね。
池田一  そうだ、今の食事は…
久野 ああ重い!池田一さんも手伝って下さい。
池田一  いやしかし…
小梅 池田一さん!、あとであたしの部屋まで来てください。
池田一  …はあ、

皆で死体を担いで去り、小梅が独り残る。

小梅 ピンクの鹿を見ていた時だ…あの時にすり替えたんだ…、中々やるね。仕方ない、もっと直接的にいかないと駄目なようですよ、小竹さん。(ペットボトルのお茶に何かの薬のような物を人れ、よくシェイクする。)これでよし

池田一  (奥から、声をかける)あの
小梅 はい。
池田一  いいですか?
小梅 どうぞ。

池田一 、入ってくる。

小梅 座ってください
池田一  はあ。(座らない)
小梅 色々ばたばたしちやってね。わたしゃ何が何だかよく分からないんですよ。…久弥が死んで、住職も死んで、
池田一  いや私も何だか随分混乱してしまって…
小梅 まま、座ってください。
池田一  いえ別に
小梅 お蜜柑食べます?
池田一  結構です。
小梅 食べさせてあげましょうか。
池田一  いえ…
小梅 食べさせて下さい。
池田一  は?
小梅 ロ移しがいい?
池田一  いやあの…
小梅 眼はつむったほうがいい?
池田一  いや、あの、そういうのは結構です。
小梅 怖がらなくていいの、…分かった、歳の差を気にしてるんでしょ、80や90どうしたことはないわ。
池田一  いや、結構ですから。
小梅 本当に嫌なの?
池田一  はい。
小梅 ふん、いくじなし。

池田一  あの。
小梅 どうしたんですか?
池田一  いえ、どうも混乱しちやって。
小梅 あたしもですよ、混乱しちゃって何が何だか…全然分からない。自分でも何をやっているのか全然分からないんです。お茶どうぞ。(お茶を出す)
池田一  いや、今、そんなに喉が
小梅 (そらぞらしく口笛を吹いている)
池田一  あの、
小梅 ほんとにね、次から次へと人が死んじゃってね、…お茶どうぞ。
池田一  いえ、今そんなに
小梅 口移しがいいんですか?
池田一  いやいや結構です。
小梅 冗談ですよ、まだお茶も出してなかったんですから、飲んでください。
池田一  ああ、いや、それはどうも。
声 あの、もしもし。

薬屋、入ってくる。

小梅 はい。
薬屋 すいません、あ、京都の薬問屋から来たナガトミといいますけど、
小梅 はあ、ナガトミさん。
薬屋 あの、多治見久弥さんは、どちらに…
小梅 (気まずく)ああ、ちょっと、あっちの方までね。
薬屋 あっちのほうね、ほなちょっと…(と行きかける)
小梅 ああ、いや、そういうことじやないんだよ。…な、何の用なんだい?
薬屋 いや、…あのう、前々から、通信販売で薬買うてもろてたんですけど、その、お金の方を回収に回ってるんですが…
小梅 ああ、お金かい。今ちょっと久弥は出掛けててね、取ってくるよ。幾らぐらいだい?
薬屋 あ、ええと、九百三十ヘクトパスカルかな。
小梅 ああ、なんだ、人が立ってられない位かい。ちょっと待ってくださいね。
薬屋 大分強い台風ですよ。立ってられない…あ、やっぱり立ってられないですね。
小梅 …ふん、意気地無しばっかりだよ。

小梅、お金を取りに奥へと去る。

薬屋 大丈夫ですかねえ。
池田一  いやあ、何とも、…どうもこの土地の人々の言葉は時々分からなくなってしまうので
薬屋 この土地の人々って、…この土地の方じゃないんですか?
池田一  いえ、はい。違います。
薬屋 何かこの土地っぽい…
池田一  どこが?
薬屋 え?(池田一の服をいじくる)
池田一  何ですか、あまり触らないでください。
薬屋 何でですか。
池田一  いや、破れますから。
薬屋 破れる。
池田一  いや、その。
薬屋 そうですね、破いちゃ駄目ですね。服ですからね。…ほな、ちょっと、待たしてもらいます。
池田一  はい。
薬屋 あの、こちらの人じやないんでしたら、どちらの方で?
池田一 ああ、あの、私はちょっと余所の方から、ええ、色々ここでゴタゴタありまして、
薬屋 ゴタゴタ。
池田一  ええ、その為に呼ばれて来たんですけど…
薬屋 そうなんですか。
池田一  はあ。
薬屋 ゴタゴタって、どういうゴタゴタ…?
池田一  いえまあ、ちょっと人が死んだり。
薬屋 人死にがでたんですか。
池田一  まあ、そんなような。
薬屋 ああ…ほな、皆さんかなり不幸がっておられるんですよねえ。…そういう時にええ薬あるんですけど。
池田一  え?あの…
薬屋 いや、不幸な時につけると良く効く薬。いや、言うたように薬問屋から来てるんで、そういう薬もちやんと持ち合わせ有るんですよ。え一と、どれやったかなあ…(さがす。)ああ、取り合えず、これなんかどうですか。(出して。)ちょっと不幸な時に効くんですけどねえ。
池田一  はあ。
薬屋 ヒメマルカツオブシムシの幼虫エキスです。
池田一  いやあ…
薬屋 これやったら、今千二十八へクトパスカルくらいやったら…ちょっと高めの高気圧やけど、ま、どうってことない位ですね。
池田一  はあ、あの…
薬屋 いかがですか。あ、これじゃお気に召さない?、ああ…んならねえ、いやあ、そんな簡単に品物の善し悪し見抜かれるとは思いもせんかったなあ。ええもんだしますわ。これどうですか。もう2年もののジンサンシバンムシエキスですわ。
池田一  ジンサン、シバンムシ?
薬屋 ええ。…こうやって人前に出すのももう何回目になるかなあ。
池田一  それは一体何でしょうか。
薬屋 いや、その辺の何というのかな、押入れの中とかに、まあ、よく涌く虫ですね
池田一  はあ、いや、そういう薬を商っておられるんですか。
薬屋 え?いや、こんなんだけちやいますよ。今はちょっと、不幸な方に効く用の薬や思て。
池田一  はあ、いや確かに。
薬屋 あ、もしかして不幸さ加減が足りない?、ほんなら不幸になる薬も有るんですよ。
池田一  いや…
薬屋 こんなんどうですか。(ゴキプリの死骸を出す)
池田一  いや、ちょっとそれは…
薬屋 これもうちょっと隠しときますね、あんまりじっと見られると、お客さんの中に帰りたくなる人がいるかもしれませんから。
池田一  はあ、あの、とにかくですね、…私は、要りません。あの、自分が、少々不幸かなと恩うことは有りますけれども、それを薬で解消しようとは思わないですから。
薬屋 その、どのあたりが少々不幸…?
池田一  いやいや、あまり突っ込まないで下さい。
薬屋 いやあ、商売柄やっぱりねえ、こういう話を聞くのは結構まあ、…どうです?ひとつ、話に乗りますけど。
池田一  いやいやあの
薬屋 ああ、何か喉乾いてきたな、あの…このお茶いただいてよろしいですか?
池田一  はあ、別に…
薬屋 ほな、いただきます。いやあ、普段ね、あんまりこんなベラベラベラベラ喋ってお金を集めて回ってるわけじやないんでね、喉乾きます。(お茶を飲む)

小梅が戻ってくる。

小梅 大体あの子はどんな薬を…
薬屋 いやあ、おいしいお茶ですなあ。どうも有り難うございました。
小梅 がびーん。

小梅 ああああぁぁ!…ちょっと、あ、あんた今これを飲んだのかい?
薬屋 飲ましてもらいましたけど。
小梅 あんた、飲ませたのかい!
池田一  いや、飲ませたというか、飲まれたというか…
小梅 い、池田一さんにって、あたしがいれたのに。…ぜ、全部の、
薬屋 全部飲みました。
小梅 (薬屋に)帰りなさい!
薬屋 ええ?!
小梅 あ、あなた、帰りなさい!…お、奥さんが産気づいてます!早く帰りなさい!あたしには分かるんです!
薬屋 そうですか。
小梅 本当ですよ!早く帰った方がいい!
薬屋 おかしいなあ、うちの奥さん65歳やのに。

薬屋去る。しばらくして、例の笛の音、『フニクリ・フニクラ』が聞こえてくる。

池田一  あ、あの笛の音はまさか。

倒れる物音。池田一、薬屋を追って外に出る。

池田一  し、死んでましたよ!
小梅 あああああ!
池田一  い、今のお茶は一体…し、死んでましたよ!
小梅 ええ??
池田一  い今のこれは一体…
小梅 じゃいけん、ほい!
池田一  (つられて出すが)あの、小梅さん、小梅さん!
小梅 春代、春代!(呼びながら去る。)
池田一  あの、小梅さん何処に…
春代 (小梅が去ったのと逆の方から現れて)私、こっちだったのよ。
池田一  あ、あの、小梅さんはいったい…
春代 一体って、何が?
池田一  何処に…
春代 小梅さんは一体。
池田一  いや、一体ですけど。
春代 ポケットを叩くと小梅さんが2体。
池田一  いや、あの、増えないですよ。
春代 もう一回叩いたら何体?
池田一  いや、ですから小梅さんは増えないですよ。
春代 そうね。
池田一  ああ、いや、そうではなくてですね、その、死人が出たんですよ。
春代 死人が?
池田一  ええ。もう何が何だか訳が分からない。
春代 貴方がやったのね。
池田一  いえ、私がやったのではなく、その、お茶を飲んだら…
春代 貴方がやったのね…
池田一  違いますって。
春代 貴方には、よほど深いものがついているようです。
池田一  は?
春代 だって、こうやって行く先々で人が死ぬんですもの…よほど悪いものがついているの…
池田一  いや、しかしですね、そういう考え方は…
春代 あなた、あれについて知りたいでしょ。
池田一  あれ?…ああ、あの
春代 具体的に考えず、暖昧に考えるように。
池田一  はあ、ですから、や…ではなくてその、…ワンタンのようなものですね。
春代 … まあいいでしょう。
池田一  に、ついてですね。
春代 知りたいでしょう。
池田一  はい。言ってもらえるんですか。
春代 私達は、もうあのような事を思い出すのは嫌です。ですから、私からお話しすることは出来ません。…でも、修行して心が強くなった方なら、あれの誘惑に負けずに話すことが出来るのです。
池田一  といいますと。
春代 和尚は亡くなってしまいましたけれど、まだお坊さんがいらっしやるの。村はずれの尼寺に、あまさんがいらっしゃいます。
池田一  はあ。
春代 その方ならきっと、虜にされないで、あれについて話してくださるわ。(春代、去ってゆく。途中で何か捨う。)
池田一  何ですか。
春代 クラッカーの中身よ。(去る。)
池田一  はあ。

池田一  訳が分からない…あまさん?

海女の格好(シュノーケルと水中眼鏡、ウェットス一ツ。)をした人間が現れる。呼吸をするたびにシュー、コー、シュー、コー、と音がする。

池田一  海女さん?

海女、舞台中央で立ち止まり、シュノーゲルの先に例の笛をあて、『フニクリ・フニクラ』を吹く。かなり苦しそうである。ひとしきり吹くと、倒れて死ぬ。

池田一  死んでいる!

暗転。鐘の音。しばらくして明転。池田一が独りでいる。

池田一  もう何が何だか分からない。次々と人が死んでゆく。頭がおかしくなりそうだ。気晴らしに何か吹こう。(ピアニカを手に取って、『ドナドナ』を吹く。)…駄目だ、気分が暗いとどうしても暗いものばかり吹いてしまう。…明るく吹いてみよう。(長調で明るく『ドナドナ』を吹く。)…気持ち悪い。駄目だ。頭がおかしくなりそうだ。もう寝よう。(布団を被る)…しかし、一体どういう事なんだ、八つ橋…八つ橋を見るだけで死んでしまう?…分からない。一体どういう事なんだ。…寝よう。(寝る。)

夢の中の世界。天から八つ橋が隆りてきて、眼の高さ位で止まる。

夢の中の男1(久野のような男である。)が歩いてくる。八つ橋の周りをぐるぐる回る

☆夢男1 ♪八つ橋は〜、歩いてこない、だ〜から歩いて行くんだよ〜♪いちにちいちはし二日でにはし、八日め、うっっ…(死ぬ。)

夢の中の男2(春代のような男)が現れる。手にぬいぐるみ(指人形)の猫をつけている。以下、猫の台詞は夢の中の男2の腹話術である。

☆夢男2 ささささ、此方で御座居ますよ。お殿様、お久し振りで御座居ますなあ。
☆猫 オウ、エチゴヤ、2ネンブリグライジャノウ。
☆夢男2 お殿様、今日は…ますます儲けられる話を持って参りました。
☆猫 オウ、ナンダエチゴヤ、タノシミダナ、ハヤクキカセロ。
☆夢男2 お殿様、お殿様が抜け荷を黙認して下さる御陰で私共、大儲けで御座居ます。
☆猫 オウ、ソウジャノウ。
☆夢男2 私、お殿様が居なくなれば、お殿様の分の口止め料を払わないでいい事に気がついたので御座居ます。
☆猫 エチゴヤ、オヌシ、ナ、ナニヲシテオルノジャ、
☆夢男2 お殿様、これを御覧下さい!
☆猫 アア!ヤメロ、ミタダケデシヌトイウヤツハシデハナイカ!アァァァァァ!
☆夢男2 …死んだか。ふっふっふっふっ。…しかし、見ただけで死ぬとは、げに恐ろしき八つ橋の威力。(八つ橋を見る)…見ただけで、死ぬ?(死ぬ。)

夢の中の男3(小梅のような男)、現れる。

☆夢男3 どうも、全然似てないけど、加山雄三です。皆さん、聞いてください。(爽やかに)…八つ橋だなあ。(死ぬ。)

夢の中の男4(ジャージを来た男)、現れる。

☆夢男4 ええと、…見ただけで死ぬ、見ただけで死ぬ…(見ないようにして近づく)から、見ないで(八つ橋を食べる。)食べても死ぬ。(死ぬ。)

暗転。夢のシーン終わる。

明転。目覚める池田一。

池田一  変な夢だった。全く、あんな事を考えているからこんな夢を見てしまうんだ。

久野がこっそりと現れる。池田一の様子をうかがう。

久野 皆さん、良く寝てますよ。
池田一  え?
春代 (現れ)まあほんと、良く寝てますわね。(池田一に布団を被せる。)

久野は脚立を持ってきて下手暗幕の側に置く。

池田一  な、何をするんですか。
小梅 (現れ)池田一さんが寝てるあいだに行きましょう。…起きられると、コトですから。

久野は脚立に乗って下手暗幕を外す。現れるのは文控(公演会場)の窓である。

池田一  あ、あの、皆さん、一体、何を(暴れる。)
春代 寝相が悪いのね。(押さえる。)
池田一  ちょ、ちょっと。(暴れる。)
春代 けっこう、真剣に捕まえてるのに…よく動くわ。(押さえている。)
久野 さあ、洞窟へ、鐘乳洞ヘ…
小梅 池田一が起きない内に鍾乳洞へ行きましょう。
池田一  起きてますよ。
小梅 良く寝てるわ。

久野はジャンプして頭から窓の外へ飛び出す。

池田一  あの、皆さん一体どこヘ?
春代 何で、鍾乳洞への通路がある部屋に、池田一を泊めたのかしら。(窓の外ヘ)
池田一  鍾乳洞?
小梅 起こさない内に行きましょう。…あたしが先に行っていいですか?(小竹に)色々困りますよ。…じゃ、(ぬいぐるみの首にチョップする。)小竹さんをロープへ、たあ。(小竹を窓の外へ投げる)…帰ってこないわ。(窓の外へ出る。)
池田一  あの、皆さん一体どこヘ?ちょ、ちょっと…(後を追い、窓の外ヘ)

暗転。
スライド。『鐘』
『乳』
『洞』
『鍾乳洞』

客席後部の扉が開き、久野、春代、小梅が現れる。3人は花道を通って舞台へと歩いてゆく。

久野  なんでこう分かりにくい鍾乳洞なんでしょうなあ。今日は鍾乳石がこんなに沢山。…これは、帰り道が分からなくなるといけないので、蓄光を貼っておきましょう。…誰か貼っても良さそうな……まあいい…回り道をせずにストレートに…(お客さんに蓄光を貼って進む。)
小梅 あまり早く行ったら分からなくなるよ。このややこしい通りは…
久野  風穴を…
春代 塞ぎましょうか、さむいものね。

開いていた会場の窓を塞ぐ。

久野 さあ、辿り着きましたよ。
小梅 ああ、そうですか。
久野 では、いきましょう、えい。

皆、懐中電灯を点ける。すると其処には真っ白なタイツで体を覆った怪しげな人間が!

久野 要蔵さまあ
3人 おおおおお
小梅 要蔵さん、今日も来ましたよ。
久野 要蔵さま。この、多冶見の家を池田一という探偵が調べ回っておりまする。久弥様は亡くなり辰也様は結局まだ帰ってきておりません。我々はどうしたらよいのでしょう…

小梅 要蔵さん、私達を導いておくれ…頼みますよ。
久野 もしかして…ん?

扉の開く音。

久野 物音が…隠れましょう。ここを知られると
春代 いけないわ。

3人、隠れる。
同じく会場の客席後部の扉から池田一が現れる。

池田一  ここは一体何処なんだ…そういえば、鍾乳洞とか言っていたな。なるほど、どうも鍾乳洞のようだ。ずいぶん広い…それに、鍾乳石がいっぱいある。みんな下から生えている。不思議な鍾乳洞だ。しかしこれだけ広いと何だか迷ってしまいそうだ。…そうだ、目印に鍾乳石にロープを巻き付けていこう。

池田一 、お客さんにロープのようなものを巻き付けてゆく。

池田一  …そうすれば、帰り道が分かるだろう。(お客さんに巻き付けながら)ちょっとすいません…失礼します。…何だか鍾乳石が笑っているような気がする。しかし、本当に広い鍾乳洞だ。何か…誰か居るような気がする。
声 誰か居るような気がする。
池田一  気のせいか。
声 気のせいか。
池田一  気のせいだよな。
声 気のせいだよな。

池田一  誰か居るのか?
声 誰か居るのか?

池田一  (考えて)これは…
声 これは…

池田一 こだまか!
声 こだまか!

池田一  おーい。
声 おーい。

池田一  やっほー。
声 やっほー。

池田一  こだまだ!
声 こだまだってば。
池田一  なるほど。

池田一  …何か、違った答えがかえって来たような気がするが…
声 …何か、違った答えがかえって来たような気がするが…

池田一  気のせいか。
声 気のせいだ。

池田一  なんだか変だぞ。
声 なんだか変だぞ。

池田一  おかしいな。
声 おかしいな。

池田一  ちょっと待てよ。
声 ちょっと待てよ。

池田一  (ピアニカで♪レ・ソ、と吹く。)
声 ♪ン・ン(歌う。)

池田一  (ピアニカで『ちょうちょう』を吹く。)
声 ♪ン・ン・ン〜(歌う。)
池田一  (突然止まる。)
声 (止まる。)

何回か、止まったり、進んだりを繰り返す。声もそのとおり歌う。
池田一  んー、あってるのかなあ。

池田一ピアニカで『幻想即興曲』を吹く。早弾きである。

声 (ついていけない)
池田一  …聞こえなかった。(客の笑い声で聞こえなかった。)

池田一  そうか。
声 そうか。
池田一  あ、ちやんと返って来てる。

池田一  うん、こだまなんだろう。
声 こだまなんだろう。
池田一  しかし、どこまで続くんだろう、もうそろそろ、何処かに辿り着いてもいいと思うんだが…。おや、こんな所に何故かスイッチがついている。ちょっと、押してみよう。

客に巻き付けたロープ(実は電飾だった。)が急に光り、点滅する。客席のイルミネーションである。

池田一  明るくなった。これで帰り道はバッチリだ。(ようやく舞台に上がる。)何か、ここに、あるような気がするんだけど…気配がするような…気のせいかな、ちょっと触ってみよう。(要蔵を触ろうと手を伸ばす)(触って)ええっ!?一体これは、何か有る!何か有る!…うわあっ。

小梅、久野、春代出てくる。懐中電灯で池田一を照らす。
(ゆっくりと明るくなる)

小梅 見てしまいましたね。池田一さん一
池田一  あ、あなたがたは…
久野 帰り道をごくろうさんでした。けどあなたに帰り道はありません。
春代 落盤事故がよく起こるんです…
池田一  あなたがたは、一体…一体これは何なんですか!(要蔵を指す)
久野 これとは失礼な。
春代 要蔵さまじゃありませんか。
池田一  要蔵というと…
久野 久弥さんや、春代さんのお父様ですよ。

さっきまで池田一の声にオウム返ししていたのは要蔵(の死体、例の全身白タイツの)だったのである。

池田一  その人がなせ、…人っていうか
久野 遺体ですよ。
池田一  遺体?死んでるんてすか。何でこんなに真っ白なんですか。
久野 それは、ロウだから。
池田一  ロウ?
久野 蝋燭のロウ。
池田一  え?死体の上に蝋燭を垂らしたんですか?
春代 それは、趣味が悪すぎます。
久野 これは、死んだあとに脂肪分が蝋に変わった…そういう現象だと思われます。
春代 たぶんね。
池田一  しかし、しかしですね、その死体を何故こんな所に…
久野 それをあんたには見られたくなかったんだなあ。
池田一  (ハッとして)まさか、あの32人殺しの…
久野 ふん、そこまで分かっちやったらもう、やばい。
小梅 32人殺したのはこの要蔵さん。私達は要蔵さんをここに匿っていたの。
池田一  何故、そんなことを。
春代 お父様だからじゃありませんか。
小梅 うちは由緒正しき多治見家。多治見家がそんな事を世の中に一ああ、恐ろしい…
久野 さあて、今回もまた沢山殺人事件が起こったけど、考えてみると、みーんな池田一さんが来てからだねえ。
池田一  は?
久野 あんたもしかして、やってるんじゃないかい?あんたがやってるんだとしたらうちらとしてはとても都合がいいなあ。
池田一  何を…
春代 和尚とあまさんも亡くなりましたね。
久野 池田一さんの行くところ行くところで死体が増えていくねえ。
春代 あのことを知っているのはもう貴方だけです。
池田一  あなた方、一体、なにを…
久野 あなたが犯人じやないかなあと疑ってるんですが。
池田一  そんなことある訳ないじやないですか!私は探偵ですよ。
小梅 あなたが4人を殺した。そして落盤事故にあった。
池田一  そんなわけないって言ってるじゃないですか!!
小梅 まるく収まるじゃないですか。
池田一  いいですか、どこかに犯人がいるんです1一そうだ、これから、私が、犯人をあげてみせます!すぐにでも!
久野 我々が納得出来ればそれでもいいんだがねえ。
春代 すぐにですって? 
池田一  いいですか、奥の手を出します。
久野 早く出せよ。
池田一  特殊捜査をします。私の、必殺、心理捜査です。
久野 心理捜査?
小梅 プロファイリングね。どうするの?
池田一  まずはですね、(奥から袋を取り出してくる)ここに、フリップがあります。(袋から面用紙とペンを取り出して、皆に配る)これにですね…
久野 これはかなり特殊捜査という感じてすね。
小梅 (画用紙のメーカー名を詰む。)ダイソー。
池田一  これにですね、今から、私が質問をしますから、その質問に対する回答を書き込んで載きます。
小梅 これで、犯人が分かるの?
池田一  その回答を見れば、私の脳裏に事件の全貌が浮かんでくるのです。
小梅 いいでしょう。こんな物で分かれば…それでいいでしょう。
春代 たいしたものですわね…

いつの間にか、皆横一列に並ぴ、フリップを持っている。クイズ番組のようである。

池田一  いいですか、それでは早速第一の質問をさせて戴きます。(ピアニカで♪タッタカター、と吹く)
小梅 アメリカヘ行きたいか〜
残り3人 お〜
池田一  第一の質問です。『人を殺すということについて、どう思いますか?』書いてください。

皆、回答を書き始める。池田一はピアニカで『草競馬』を吹く。しばらくして、皆書き終わる。

池田一 そろそろいよろしいでしょうか。…それでは一斉に上げていただきましょう。

皆、一斉にフリップを上げる。

池田一  ええ、ではこちらから(春代の方)いきましょうか。…「痛くないようにしてあげよう。」
春代 痛くないように…
池田一  あのう、人を殺すことに対しては抵抗が無いわけですか。
春代 そんな事聞かなかったじゃありませんか。
池田一  まあ、そうなんですけど普通そういう事をちょっとは考えるものじゃないかと…
春代 痛くないようにしてあげないと可哀そうでしょ。
池田一  いやまあ、それはそうなんですけど…はあ、まあ、そうですね、次行きましょうか。(要蔵である。なぜか回答者になっている。)えー…、えー…、これは、分からないお客さんがかなりいると思うんですけど…
春代 というかほとんど分からないわきっと。
池田一  これは、えーとですね…
久野 …最後にしましょう。
池田一  最後にしましょうか。
春代 そうね。
池田一  ええ、次の人は…(久野だ。)「分子を分子に戻すだけ」
久野 まあ、あたしは科学者だからね。
池田一  何か分子を分子に戻すっていうのも非常に不思議な感じがするんですけど。
久野 まあ違う結合になるだけだね。
池田一  まあ確かにね。
久野 それのどこが悪いっての。
池田一  じゃああなたは自分が切られても、分子が分かれただけって言うんですか?
久野 そうだねえ。
池田一  御立派です。次いきましょうか。(小梅である。)…えー「時と場合による」ええ、具体的に何か、そういう時と場合があるんでしょうか。
小梅 先週の今頃…ここで殺意をおぼえました。
池田一  それは、どのような。
小梅 眼鏡をかけた奴です。
池田一  ええ、それはつまりえーと…
小梅 それ以上言わないで。
池田一  いや一応…
小梅 (キリヤマ、キリヤマ、と声に出さずに口をぱくぱくさせる)以上です。
池田一  あのう、素直に言った方がいいという気がするんですけども。
小梅 (小さく)××やま。
池田一  ええと、(お客さんに)つまり、今日は出てない役者のことなんですけどね、えー、(要蔵の所に行き)で、この生け贄というのはちなみにその彼の事なんですけど、ええ、今日はですね。
小梅 本番直前に来るって電話したくせに。
池田一  えー、来てないようですので、割愛させて戴きます。…というわけでして、第2の質問にいかしてもらいます。(咳払い)第2の質問です。(♪タッタター)

小梅 一緒に日本に帰ろおー。
残りの3人 (テンション低く)おー。

池田一  『私は、これがとても苦手てある。』というものを、書いていただきたい。苦手な物、書いてください。…どうぞ。

皆、回答を書き始める。池田一、再びピアニカを吹く。しばしして、皆書き終わる。

池田一  ええ、よろしいでしょうか。
久野 まあいいだろう。
池田一  それでは、えー、また一斉に出していただきましょうか。せーの、どん。

皆、回答を出す。

池田一  では、まあ、こちらからいきましょうか。(春代。)「人込み」私もこれは嫌ですね。人がいっぱいいる所、嫌ですね。
春代 猫だったらいい。
池田一  それは「人込み」ではなく「猫込み」ではないでしょうか。
春代 苦手じゃない。
池田一  でもですね、例えばですね、この教室一杯に猫がいっぱいいて、その中に一人こう、居て…嫌じゃないですか。
春代 上に乗っちやう。
池田一  …。
春代 猫に運ばれる。猫ウェーブ。
池田一  猫が潰れると思うんですけど。
春代 太ってたら潰れない。
池田一  …分かりました。えー、次行きましょうか。(要蔵。)「某桐山氏の作った料理」まあ、これもまたちょっと出てない役者の事が出ましたけれども、それだけ突っ込みたくなる役者だったということでしてね、えー、いや、本当に不味いんです。それだけです。…次(久野。)「川端警察」ええ、これもまた非常に身内ネタなんですけど、はい
久野 身内ネタ?そうかなあ。
池田一  といいますと。
久野 いや、そうだね。
池田一  (お客に)えー、一度、一緒に捕まった事があります。はい。
春代 これは後日談がありましてね、あのう、こう、噂が伝わっていった先瑞では、「藤原が亀の飛び石の頭にへッドロックをかけてもいだらしい」と。それで現行犯で捕まったという噂に変わっている…あえて否定もしませんけど。面白いから。すごく綺麗な噂の伝わり方だと思う。
池田一  はあ。
久野 とにかく、私は警察は嫌いだね。
池田一  そうですか、まあ私もあんまり好きじゃないですけどね。…次行きましょうか。(小梅。)「ツッコミのいれられないボケ」…たまに有りますけど。
小梅 今日は少なかったです。
池田一  はあ。
小梅 以上。
池田一  それは良かったですね。…はい、えー、それではどんどん行きましょう。
春代 これで何が分かるの?
池田一  これでですね、各人の深層心理が私の中にこう、インプットされました。
小梅 やばい。
久野 結構抉り出されてる気はするけど。
池田一  …では、とどめにですね、もう最後の質問といきましょう。いいですか、最後の質問です。(♪たったたたー)
3人 (跳ねたり。)
池田一  第三の質問。まあ、えー、新年も迎えちゃったということでね、新世紀ネタですね、お約束のようなもので。『今世紀はどういう世紀になるか』予想を書いてもらいましょう。さあ、どうぞ。

皆、回答を書き始める。池田一、再びピアニカを吹く。しばしして、皆書き終わる。

池田一  え一、そろそろ、よろしいでしょうか。まあ、出来た方からでもいいんで…向うから上げていってもらいましょうかね。(小梅からになる。)…「レンタルな世紀」
小梅 みんな借り物。
池田一  はあ、具体的に例えばどんなものを。
小梅 だって、ペットなのにロボットなのよ。おかしくない?
池田一  はあ、まあ、そうですけど。
小梅 家族をレンタルとかいうサービスがあるのよ。家に糧ったら、いないのにお兄ちゃんが帰ってくるのよ。やあお帰り、とか気安く喋ってくるの。それでお金取るのよ。
池田一  はあ。
小梅 そういうのがいっぱい。もう何もかも借り物。気がついたら自分借りられてたりするの。わー、俺長生きしたなあ、って思ったら自分借り物だった。
池田一  …なるほど。
小梅 もっといじって。
池田一  いやあ。
小梅 もっと盛り上げて。
池田一  いやあ、何かそういう話読んだような気がしますけどね。
小梅 そうね。
池田一  頭がぐちゃぐちゃになりそうな感しがしますね。
小梅 もういいわ。
池田一  まあ、次行きましょうか。(久野である。回答は「私は明るく。」と書いてある)えー、ちょっと、ハンマーで殴ってあげてもらえませんか。

小梅、ピコピコハンマーで久野を殴る。

池田一  明るくなりましたね。じゃ、そういうことで、次行きましょうか。(要蔵。)…「半分ぐらいの期間生きのびるのがやっとかな。」え一と、まあ、そんなもんですかねえ。
春代 そんなもんでしょう。
池田一  大多数、まあ、そんな感じですかね、ここにいる人も。何と言いますか、諸行無常と言いますか。…はあ。
久野 新世紀に言う言葉かいな。
池田一  いやあ、リアリズムということでして、まちょっと引き締めましょう。はあ。…じゃあ、取り結びといっでもらいましょうか。(春代である。フリップにはヒトラーのような男が演説しているイラスト。演説台の部分には猫の足跡のマークが描いてあり、その下に「こういう人がまた出てくる。」と書いてある)えー、あのですね、こういう人というのはまあ分かるんですけど、とりあえず前にあるマークが非常に気になります。
春代 社会主義…労働ネコ党。
池田一  それはあの、具体的にどういうことをするんでしょうか。
春代 二ャチス。
池田一  …成程。…他に言うことはありますか。
春代 爪があまり伸びない人を、弾圧します。
池田一  ええと、そういうことになるんですか。
春代 イヌちゃん皆殺し。
池田一  怖いのか怖くないのかよく分からないんですけど。出てくるということで、はい。…というわけでして、えー、これで質問は終わりました。
小梅 これで分かったんですか?
春代 何も分かりはしないでしょう。
池田一  何を仰いますか。こう見えても私はこの質問で毎回、事件を終わらせているんですよ。
久野 終わらせている?…
春代 ちょ、ちょっと…
池田一  いいですか、今、あなた方の回答を聞いた事で私の脳裏に、既に事件の全貌が浮かんでいるんですよ。
小梅 どういう事です。
久野 聞かせてもらおうか。
池田一  まずはですね、そう、そこにいる要蔵さんの32人殺しの事件。
春代 それは関係ないでしょう。
池田一  いえ、それが非常に関係あるのです。
久野 それは遡りすぎだ。
池田一  いいですか、彼は、あの時にですね、このようなハチマキを頭に締め…(懐から取り出した鉢巻きを締める)
小梅 ああ!あなたそれは…
春代 あの時と同じ物ですよ!
池田一  ええ。ですからシミュレーションをしているんです。
小梅 やめなさい。
春代 やめなさい。
久野 何をする気だ。
春代 駄目です。
久野 それ以上やるなら…
春代 もしかして…

池田一鉢巻きに携帯電話を一本差し込む。

小梅 ああああああ!
池田一  携帯電話を…
小梅 やめなさい!電波を受けるのは!やめなさい!それくらいにしときなさい、分かりましたから池田一さん!
池田一  どうってことないですよ。(もう一本差し込む。)
春代 あ、ああっ、
小梅 二つはやめなさい!外しなさい!
久野 電波を受けるものだぞそれは!
小梅 崇りがあるんです!
池田一  崇りなんてある訳無いじゃないですか。
春代 呼びかけてくるのよ…
小梅 恐ろしい!
久野 恐ろしい…
小梅 いいから外しなさい!
春代 アレが…
池田一  あれ?…何か聞こえませんか?
小梅 ああああ!
久野 それを聞いては駄目だ!
小梅 ああああ!
春代 応えてはだめよ。
池田一  いや、何か非常に楽しげな音が聞こえるんですけど…
小梅 駄目です!
久野 耳を傾けてはならない!
春代 切ってしまうのよ!
小梅 切るのです!
池田一  あれ、聞こえませんか?
久野 聞こえない、聞きたくもない。
池田一  聞こえてくるような気がするのですが…

*ここで携帯に電話がかかってくる段取りになっていた、が、かかって来なかった。トラブルである。

久野 今なら間に合う…
春代 やめなさい。
久野 早く、早く…こ、小梅様?
小梅 (しびれをきらし携帯の具合をみる。)OK。
池田一  OKって、何が。
小梅 あああああ!恐ろしい。ああああ!恐ろしい、恐ろしい…分かったわ、新年だからよ。きっとそうなのよ、恐ろしい。
春代 …混んでるのね!
小梅 (笑い出したお客に)違うのよ、本当にそうなのよ、みんなかけてるのよ。

ここでようやく携帯が鳴り出す。正月の着メロである。

3人 あああああ!
久野 着メロだあ!
池田一  何だか非常に楽しい気分になってきたような…(要蔵から刀を受け取り、構える。)
久野 そりゃ楽しいだろうよ。
小梅 やめなさい!
池田一  これは何か、凄く楽しいぞ!
3人 ああ!
池田一、「楽しい楽しい」と言いながら3人を次々と刀で斬り殺し、そのまま去ってゆく。

独り残った要蔵、後ろの暗幕を引っ張ると暗幕が全部落ちてその後ろに『おわりじゃ』と書いてある。(ねこちゃんマークもついている。)

暗転。おしまい。

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